02

それから、幸村はあからさまに三春へアプローチするようになる。あの、幸村が、だ。
このことから、恐らく以前の話は彼女の事なのであろうと察するも、それを理解する事は出来なかった。だって、佐助は彼女とまともに話したことも無ければ、目が合ったのだってこの間の一回きりなのだから。

「三春!」
「幸村。この間のお礼」
「おお!かたじけのうござる!」
「ふふ、その口調懐かしいね」
「あ・・・ついな、」
「いいんじゃない、たまには」

徐々に寄っていく二人の距離は、傍で見ている佐助からも、というか誰の目から見ても明らかで、初心で恋愛下手の幸村が必死に彼女の気を惹こうと頑張っている様などはもはや名物になりつつある。それと同時に、三春の硬い笑顔が幸村といる時だけ段々と柔らかくなっていくのも、良い関係を築いているのだとよく分かる所以だった。まだ本物には届かないけれど、あのままいけばきっと・・・なんて。そんな風に周りの人間に温かく見守られながら、季節は二度ほど巡っていった。





「ちょっと出てくる」
「おい幸村、また三春んトコか?」
「ああ」

いつもの昼休み、いつもの屋上。それももう、三年目を迎えていた。
三年になってから、弁当を食べた後に幸村が出掛ける事が増えた。そういう時は決まって彼女に会いに行く時で、そういう時の幸村は分かりやすく機嫌が良かった。

「ずるいよ幸村!俺も行きた、「ダメだ」
「諦めろ慶次、お前じゃ役不足だとよ」

便乗しようとする慶次をやや食い気味に断った幸村は、チラリとこちらを見てから黙って屋上を出て行った。佐助と一緒に居る時に彼女と会いに行く時は、幸村は決まって一度はこちらを見る。別に何も文句など無いのに、いい加減鬱陶しいなあと思っていた。
最初の頃からはかなり距離を詰めたものの、未だに彼らは友人止まりのようで、もうサッサと既成事実でも何でも作ってしまえば良いのにとは、初心な幸村には言えない佐助の心の内の台詞であった。

「良いのか、猿飛」
「一応聞くけど、何が?元就」

いつも黙っている癖に、こういう時だけ突然話し出す。元就のこちらを見つめる視線は、全てを悟っているかのように静かで、佐助の心の奥深くを射抜くようだった。

「この間、幸村と居る三春を見たが、以前より良い顔をするようになっていた」
「・・・それが、俺に何か関係あるの?」

元就の話を、どうして自分にその話を振るのか分からないと冷たくも聞こえるように返す佐助に、慶次も元親も政宗も、黙って何か考えているようだった。

「俺は、三春が幸せなら何でも良いけどな」

誰も何も言わない、気不味い沈黙を破ったのは元親だった。

「幸村はいい奴だ。今の三春に寄り添って、何よりも理解してやれるのはアイツだけだろ」
「ああ・・・そうだな」

元親に同意するように、元就と慶次が頷いた。佐助は、始終分からない、興味もないと言うように、ふーんと頷いていただけだった。



「猿、俺はまだ間に合うと思うぞ」

チャイムが鳴って、教室に戻ろうと屋上を出ようとした時。最後まで残っていた政宗が、佐助の背中に声を掛ける。一人だけ、さっき黙ったままだった彼は、そのことをずっと考えていたのかと笑いが漏れた。

「・・・いいよ、三春が旦那といて幸せなら」
「ッッ!!お前、」

くすりと笑って振り返れば、息を詰めたように左瞳を見開く政宗がいた。

「旦那は本気だ。それに、俺は三春を傷つけた。だから・・・もう、いいんだよ」

もう、だいぶ前の事だ。
三春が転校してきて直ぐの、何でみんなと仲が良いのか分からなかった時の、まだ総てを思い出していなかった時の佐助の台詞に、ポーカーフェイスの上手い彼女が、一瞬だけ揺らした瞳が、忘れられなかった。

「お前、いつ・・・」
「最近だよ。今まで音沙汰も無かったのに、急にフッとね」

フッと思い出したというのは、嘘だった。きっかけがあったのだ。
ひと月前、たまたま幸村と三春を見た時だった。公園で話をしていたらしいふたりは、何の話をしていたのか、急に幸村が三春の腕を引いて彼女を抱き締めた。遠くに見える二人の姿に、どうしてだか、胸が軋むように痛んだのと同時、止めどない情報が急に頭の中に雪崩れ込んできた。

「今更思い出したなんて、どうして言える?三春はもう旦那に心を開いてる。今更俺は、お呼びじゃないんだよ」

知らないふりを、するつもりだった。
思い出した事は誰にも言わずに、恐らくこのまま緩やかに幸せになっていくであろう二人を見守っていけばいい。別に戦世ではないのだから、前みたいに近くでずっと幸村を見ていなきゃいけないってことは無い。けれどやっぱり離れられないだろうから、だから、付かず離れずを保ちつつ、幸せに笑っている三春を、幸村と共に笑っている三春を、視界の端で見ていられれば。

「猿…」
「はは。“猿”なんて呼ばないで、いつもみたいに呼んでよ、“政宗”」

渇いた笑いを零して、立ち竦む政宗に背を向ける。これからも知らぬふりを続けていくと、それは佐助の意思表示だった。

20190304修正



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