01

「幸村」
「三春か、ちょっと待て」

昼休み、屋上でいつものようにいつものメンツで弁当を食べて、グダグダとしているところに訪れたのは最近よく見かけるようになった幸村の友人である三春だった。

―――女子の苦手な筈の幸村が、どうしてだか関われる唯一の女の子。

あのカタブツで有名な幸村がと、彼女が転校して来たばかりの時には暫く噂になったほどこの学校では一大事だった。
何でも、あの幸村が教室に駆け付けるなり彼女を抱き締めたのだとかなんとか。真偽のほどは定かではなく、佐助は結局その結論を付けられないでいる(幸村に問い詰めたらいつもの如く顔を真っ赤にしてしまって結局わからなかったのだ)。そもそもどこで知り合ったのか、女の子の知り合いがいたなんて長い付き合いの佐助でも初めて知った。自分に幸村のことで知らないことがあったとは、と少々ショックを受けたのはまだ記憶に新しい。

「よう三春」
「チカちゃんもいたんだ」

日陰で煙草を燻らせる男にも親しげに挨拶をして、鞄の中をガサゴソと漁っている幸村を待っている彼女は地べたに座り込む元親の横に立った。確か元親と元就とは同じクラスだった筈だ。佐助はその元就を隣に置きながら彼女を観察する。特別女の子ぽくないとかいうこともない、どこにでもいる普通の女の子だと思う。見れば見るほど、幸村が彼女とだけは話せるその理由が分からなくなる気がした。

「一本ちょうだい」
「あ?・・・お前、止めたんじゃなかったのか」
「うん。でも、チカちゃんが吸ってるのが悪い」

訝しげな顔をしながらも煙草を差し出す元親に、ん、と手のひらを向けて要求する彼女。すこし不良っぽいんだ、とその真っ黒の艶のある長い髪を見て意外だと思った。大人しめな優等生、教室の隅で静かに人目を集める高嶺の花。外見はそんな印象であるのに、性格は小ざっぱりとしているようだ。そういうところが幸村が彼女のことが平気な理由なのだろうか。けれど、彼女くらいさっぱりした性格の子は、割と周りにありふれている。やっぱりわからないな、と考えながらまた視線を戻すと、元親が煙草を差し出すところだった。彼女はそれを口に咥えて、続いて下から差し出されるライターの火へ向けて屈み込む。重力に従って流れる黒髪を耳に掛ける仕草が、煙草を挟む細く白い指先が、妙に小慣れた様子で目を惹いた。

ケホッ、ゲホッ、

「ン"ンッ、」
「大丈夫か?」
「ゲホッ、…うん、やっぱ最初は噎せるか」

その流れるような仕草とは裏腹に、涙を浮かべながら咳き込んだ彼女を元親は呆れ気味の視線で見上げている。さっき、煙草は止めたって言っていたのに、噎せた上に"最初"とはどういうことだろう。佐助は思わず首を傾げた。

「どうした猿飛」
「ん?・・・三春ちゃん、煙草吸ったことあるみたいだったのに、噎せてるから」
「・・・」
「なんでかなーって・・・元就?」
「…"今回"は今が初めてだったからであろうな」
「うん?」

声を掛けてきた元就の、要領を得ない回答にさらに佐助は更に首を傾ける。けれど気分屋な彼は、それ以上に言葉をくれること無くまた本の世界へ帰って行ってしまった。

「お、あったぞ!・・・んなっ、!」

やっと目当てのものを見つけたらしい幸村が、パッと顔を輝かせて彼女の方へ振り返る。続いてすぐに曇った声色と、ドタバタとした足音に、元就の方へ向いていた視線をまた彼女や元親らの方へと戻せば、そこには自販機から戻って来たらしい慶次と政宗が増えていた。幸村が何やら吠えているのは、その慶次が原因なのは見ただけで分かった。

「・・・三春から離れろ、慶次」
「やだよ。俺だって久しぶりなんだから」

ぎゅむ、と慶次が彼女を腕に囲っている。
それを嫌がる事もなく、彼女は体格の良い彼の重たそうな腕をぽすぽすと叩いて宥めていた。それにまた少しだけ腕に力を込めたらしい慶次が、そのまま動こうとしない。幸村や政宗がそれを引き剥がそうとし、元親は声を上げて笑う。けれど慶次だけはその中で真剣そうで、その少しおかしな様子をマジマジと見つめているとチラリと見えた彼の表情は泣きそうなのを我慢しているように見えた。慶次がそんな顔をするところを、初めて見た。

「慶次、火が危ない」
「ん、」

抱きつかれている方の彼女はというと、煙草の火が彼に当たらないように身体の向きを変えながらも、慶次の好きなようにさせていた。時折肩に埋まる頭をぽすぽすと撫でてやっている。そのまま元親や、慶次を引き剥がすのを諦めたらしい政宗と幸村と言葉を交わしている様子が、酷く自然だ。馴染んで見えるそれが、とても不思議で。

「・・・三春ちゃんって、転校生なんだよね?」

なんでみんな、彼女と昔から知り合いだったみたいに、しているんだろう。そう思ったまま口を突いて出た言葉は、思いの外この空間によく響いて、みんなの視線を集めてしまった佐助は、このとき初めて、彼女と視線を交わした。

「うん・・・・そうだよ、」

ふるりと、一瞬だけ揺れた彼女の瞳。
けれどそのすぐ後には、少し口角を上げて微笑む、最近よく見かけるようになった笑顔を見せた。その時、周りの彼らがどんな表情をしていたか、佐助は覚えていない。





「佐助、」
「・・・どうしたの幸村」

帰り道、コンビニで買ったアイスを咥えながら歩く道すがら。急に黙ったかと思ったら、酷く真剣な顔をした幸村が足を止めて佐助の方を見ていた。辺りには誰も居なくて、少し遠くの大通りを車が通過して行く音と、直ぐそこの公園から聞こえる蝉の声だけが響く。
佐助はこの幼馴染の、突然見せる強い眼差しに滅法弱かった。苦手だと、言っても良いくらい。

「要らぬのなら、俺が貰うぞ」
「・・・何を?」

脈絡の無い台詞に困惑の表情を浮かべるも、幸村はただジッと、あの強い眼差しで佐助を見つめている。

「俺は・・・たぶん、ずっと、欲しかったのだと思う。だけど、彼の方あのかたがお前と居るときにだけ見せる幸せそうな、柔らかい微笑みを見ているだけで幸せで、"前"はそれに気が付かなかった」

――けれど今のお前では、彼の方を笑顔にする事すら難しい――

「だから、俺が貰うぞ佐助。・・・良いな」
「う、うん」

幸村が真剣すぎて、何のことだか分からないのに聞き返すことが出来なくて、そのまま頷いてしまった事を、後でどれ程後悔する事になるのか・・・この時の佐助は、未だ知らないままでいた。

20190227修正



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