東へ進軍してみた02

上杉と豊臣が同盟を組んだという噂は、直ぐに佐助の耳に入った。あの上杉がと信じられない話に驚愕し、信玄に命ぜられなくても自ら越後へ足を運ぶところ、国境を越えて直ぐにかすがに止められた。

「上杉が豊臣と組んだっていうのは本当か」
「・・・本当だ」

あっさりと認めた彼女に頭に血が昇る。あの豊臣と同盟を結ぶなど、佐助の知る上杉では有り得ない。何かあったのかと詰め寄ると、かすがは苦い表情を浮かべて唸った。

「別に何かあった訳では無い。ただ、豊臣が噂で聞くような国では無かったというだけだ」
「どういう意味だ?何かあの軍師に弱みでも握られたんじゃ無いのか?」

豊臣の軍師、竹中半兵衛の容赦の無さは、先だって拉致された伊達の片倉小十郎の件からも容易に想像ができた。

「あの軍師か・・・あれは少々意地が悪いが、豊臣秀吉のこと以外には興味が無いという点を踏まえていればさしたる障害でも無い」
「その豊臣秀吉が問題なんだろ」

あの尊大な物言いに、女の身でありながらの圧倒的な強さ。正直、直接交えたくは無かった。忍の己では確実に力負けするだろう。

「アイツは・・・外弁慶なだけだ」
「は?」
「・・・私から言っても、理解できまい。アレは直接話さなければ駄目だ。そのうち甲斐へも行くだろう。それまで待っていろ」
「なっ!!それが困るから情報集めに来てるんでしょうが!!」

意味が分からないと顔を向けても、彼女は顔を顰めるだけだった。説明したくても出来ない、言葉が見つからない、というような様子でそしてとうとう話すのを諦めた。

「私から言えることはもう無い。豊臣を知りたければ、大坂に行くことだ」
「かすが!!」

困惑したままの佐助を置いて、かすがは姿を消してしまった。

「あ、大坂へは行くなら忍び込むのではなく普通に行商人を装って行けよ。アイツは攻め込まれるのが酷く嫌いだから、守りは硬い。しかし民には甘いからな」

声だけ響いて聞こえた捨て台詞に、大坂へ出す密偵が悉く返り討ちにあって帰って来ている事実と合わせて納得する。言われた通りにするのは癪だが、これ以上情報を集めるにはやはり大坂へ行くほか無かった。





大坂へ薬売りに扮して探りに行っていた才蔵が戻ったのは、そんな事があってから半月ほど後の事だった。その間豊臣は毛利との同盟を進めていたらしく、それが成ったとの噂を聞いた。

「で、どうだったわけ、大坂は」
「・・・俺の言うことを長が素直に受け入れられるかが、問題だが」
「は?どういう意味だよ。とりあえず話して」



真田忍隊の二番手に名を馳せる霧隠才蔵は、大坂に流れの薬売りとして、今までの苦難は何だったのかというほどに簡単に入れた事に最初酷く驚いた。そしてそこに住まう民たちが生き生きとしている様にも驚きを隠せず、活気溢れる町は今まで見たどの町よりも賑わっていた。
薬売りと言っても、大坂は医家や薬師が多いらしく、売れ行きは芳しくない。何故こんなにも医療に力が入っているのかと町ゆく人に尋ねてみれば、太閤秀吉がそもそも其方へ対する興味が深いのだという。

「他所の薬師さんなら、きっと太閤様も会いたがるさ!あの方はそうやって色んなところの知識を仕入れるのが好きだからね」
「そうだよ、一度お話を聞いてもらったら良いよ。太閤様に気に入られればここで店だって出せるさ」

ぽんぽん進む話は少し不穏な様相を見せ始めた。秀吉に直接会うなんて、それは少し危険なのではなかろうか。
いやしかし、あの豊臣秀吉が直接、しがない薬師なんかを捕まえていちいち話を聞くなど無いだろう。世辞のようなものに違い無いと、タカを括っていた矢先。

「お!噂をすれば何とやらだ。太閤様ーっ!!」



「は?その場に秀吉が来たわけ?!」
「ああ、どうやらよくあることらしいぞ。町の子供らと遊んだり、店に顔を出したり、農家の様子を見たり、皆気安い様子だった。しかも共は無し、その上丸腰だ」
「・・・わかった、続けて」



「どうした?何か面白いことでもあったか」
「流れの薬師さんが来てんでさぁ!」
「おや、そうかい。知らない薬があると良いんだがな。で、どこに居るんだ?会ってくるよ」
「この人だよ!」
「ああ、この彼だったか」

あれよあれよという間に目の前には秀吉が。そして才蔵と視線を合わせた瞬間、彼女は愉快そうに瞳を細めた。

「紀州の方から来ました、薬師の六郎右衛門でございます」
「紀州か。どれ、少し品揃えを見せておくれよ。ヨシさん、中借りてもいいか」
「ええ、狭いところですが是非上って下さいませ!」

共に話していた茶屋の女将に声をかけ、奥の一室を借りることになった。才蔵は内心冷や汗を垂らしながら、ボロは出さぬようにと案内されるまま進んでいった。

「菓子まで出してもらってすまないね」
「いえいえ、太閤様がいらっしゃったなんて譽れなことだわ」
「そらよかった」

出された茶を啜り、女将が店へと戻り足音も聞こえなくなる。すると今までニコニコとしていた彼女の瞳が、突然好戦的な色を見せた。

「・・・で、お前はどこの隠密だ?」
「っ、」

最初からバレていたらしい。思わず立ち上がって構えるが、彼女は愉快そうに瞳を細めるだけで脇息から身も起こさなかった。

「こんなところで戦う気は無いよ。お前に危害を加える積もりは無いから座んなよ。私は町で血を流すのは嫌いなんだ」

そう言い放ったその威圧に、逆らうことができずに居住まいを正した。

「そう、そう、それでいい。大方、武田のモンだろ?忍なら伊達も考えられるが、あそこはこの間まで片倉がここに居たからね。わざわざ町に紛れ込ませる必要は無い。となると今まで散々追っ払ってきた隠密のどこかということになる。毛利はもう同盟してるから必要無いし、今川もそれは同じこと。残るは武田で、どうせ越後のつるぎの入れ知恵なんだろ。あれは人が良すぎるからな」
「・・・」

その通りの言葉にぐうの音も出ないが、そんな素振りを見せる才蔵ではなかった。

「ま、そんなのはどうでも良くってさ。民に手出しをしないならいくらでも見て行っていいから好きにしな。その条件としては何だが、お前の薬の知識を私にくれよ。忍なら何か面白い秘薬とかあるだろ」

ころりと、先までの空気を一転させて笑った彼女に、流石の才蔵も瞳を見開いて固まった。何を言っているのだこの女、これが本当にあの豊臣秀吉なのか?そもそも、町人たちと話していた時からそうだが、この気安い様子の口調は一体なんだというのか。

「ほらほら、折角だからその被った皮の通りのお仕事をしてくれよ。私は”薬師と話しに来た”んだからさ」



「それで、薬を見せて興味を引いた物の煎じ方などの話しをして、普通に解放された。暫く潜んでいたが追ってのような気配も欠片もなく、また数日町を見て回って帰ってきた」
「・・・」

けろりと言い放った才蔵の報告は、到底信じられるものではなかった。いや、彼を疑っているわけでは決してない。才蔵は佐助の右腕だし、信用は一入だ。けれど、というか、それでも受け入れることは容易ではないということだけ言わせていただこう。それほどあの川中島での豊臣秀吉というのは圧倒的だったのだ。だがこれで、かすがが言葉にしにくいと顔を歪めていたのも、直接会ってみなければこればかりは理解できないだろうと言っていたのもこの事だったのかと納得した。妙にすっきりとした様子の才蔵は、豊臣秀吉にかなりの好印象を抱いているようだった。

「大坂は良い町だった。良い治政が成されている。農業も甲斐より発達していたし、秀吉はかなり内政に力を入れているようだな」
「・・・わかった、ご苦労様」

なんだか妙に力の抜けてしまった佐助は、がっくりと肩を落としながら才蔵の報告を信玄へ簡潔に伝えるのだった。

(大将、何だか俺様、秀吉ってやつが分からなくなってきたよ)
(ふむ…)

20170316修正



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