東へ進軍してみた03

「武田信玄に会いたいんだけど」
「ッ!!何奴?!」
「んー、まあ、山猿が来たとでも伝えておくれよ」
「・・・?」

門の横で壁に寄り掛かって待つ姿勢に入ったその女に門番は首を傾けて、取り敢えず報告だけでも上げておくかと一人は中へ入って行った。良く晴れた空に、秋も深まってだいぶ冷えてきた気候。吐き出す息は白く、その女…豊臣秀吉は首巻に顔を埋めながら熱い息を吐き出した。
丁度それと同じ頃、幸村が治める上田には徳川軍が攻め入っていた。





態々一人で訪れた事が功を奏したのか、将又武田信玄の懐が大きいのか。恐らくそのどちらもが理由なのだが、彼女は躑躅ヶ崎館の中へと通されていた。

「川中島以来だね、信玄殿」
「ふむ・・・風の噂で聞いておったが、大分最初の印象とは違う女子のようじゃの」
「女子なんて止めてよ。そんな可愛らしいモンじゃない」

通された広間には一対一、というのも何時もは傍に控えている若子が今日は上田で交戦中であるからだ。その口煩い保護者も此処には居ない。まあ、誰も居ないという訳では無いが。

「ねえお前・・・六郎右衛門だろう」

ふいに天井へ顔を向けた彼女は、可笑しそうに口の端を吊り上げ声をかけた。そこに潜んでいた忍は音も無く降り立ち、信玄の側へ控えるように跪く。

「良い勘をしておる」
「一度会った者は忘れないタチなんだ」

愉快そうに笑った信玄に、彼女は表情を緩めて本題に入った。この男は、もう何もかも全て分かっているのだと、理解して。





「くッ、本多忠勝殿、流石は戦国最強と言うべきお方…ッ」
「旦那!一度下がった方が良い!」

上田に攻め入る一軍があると聞き、預かるその城を守る為駆け付けた幸村はそこで見た幟に熱く燃え滾った。
あれは徳川の家紋・・・!兼ねてより同じ師を持つ者として、競い合ってきた因縁がある相手。しかも最近ではあの豊臣に付いたと聞いていた。奇しくも伊達政宗に不覚をとったあの戦で、川中島に集う三軍を追い詰めた悪しき軍と認識していた幸村は、そんな所の命で攻め入る徳川に負ける訳にはいかなかった。しかし徳川軍はジリジリと上田を取り囲み、城に幾度も押し戻される戦況は芳しくない。

「やっぱり戦国最強を何とかしなきゃねえ・・・」
「忠勝殿は俺が相手をするッ、」
「そう言ってもね、旦那…」

数度に渡る交戦で疲労も一入、また暫く籠城かという時に、佐助の下へ伝令が入った。

「長!お館様が・・・!」
「甲斐に何かあったのか?!」
「いえ、その・・・単騎でいらっしゃいました…豊臣秀吉と共に、」
「はァッ?!」

慌てて城の外を伺えば、徳川陣営に突っ込む一頭の馬が。

「家康ーっ!お疲れ様ー!もういいよー!」
「秀吉殿!もう話は済んだのか?」
「嗚呼、流石は甲斐の虎。物分りが良くて助かるよ」
「そうだろう!流石は某の師だ!」

何故か得意げに胸を張る小さな割栗頭を、撫ぜてかき混ぜる女はやはりあの時見た豊臣秀吉その人で、けれどその表情も仕草も違いすぎて、それが本当にかすがや才蔵の言う通りの人物に見えて佐助は困惑した。

「幸村ぁぁぁァァ!!!」
「お館様!!!」

こちらはこちらで、単騎突っ込んで来たのは信玄。城壁を蹴散らすほどの勢いに佐助は何度目かの頭を抱えた。そして始まる殴り愛に、現実逃避をしていれば優しく肩を叩かれる。

「こりゃ苦労してるね」
「そうそう、もう本当、勘弁して欲しいよ俺様転職考えちゃう…」
「おや、そうしたらウチにおいでよ歓迎するさ」
「それは嬉しいお誘い・・・ってええええぇ!!!豊臣秀吉ッ!!!」

佐助の涙ながらの愚痴を聞いてくれた優しい声の主はあろう事か敵様の大将だったのだ。よしよしと撫でられていた頭。不覚にも頬に熱が昇るのが分かった。それに不思議そうに首を傾ける彼女とその横に立つ家康は、はたから見ると親子のようでもう何が何やら。

「お前が六郎右衛門の上司の猿飛か?」
「は?六郎右衛門?」

聞き覚えの無い名に今度はこちらが首を傾けると、怒涛の勢いで駆けて来ただろう信玄達にやっと追い付いたのか躑躅ヶ崎に残してきた才蔵が側へついて割り込んだ。

「その名で呼ばないでください、偽名だと分かっているでしょう」
「ふふ、でもお前の名を私は知らないしね」
「・・・霧隠才蔵と申します」
「才蔵ね。覚えた覚えた」

珍しく眉根を寄せて不機嫌さを滲み出させている才蔵に、彼女は愉快そうに笑う。可哀想に、揶揄い易いと判断されてしまっているのだと他人を揶揄う癖のある佐助には直ぐに分かってしまった。

「ま、そんなこんなで今後ともよろしく頼むよ」

どうやら知らぬ間に話のついていたらしい大将二人はにこやかにその場を離れて、彼女は徳川軍を引き連れて帰って行ったのだった。

20170316修正



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