これが日常

「秀吉ッッッ!!!」

その日、平和だったのは朝餉を食べ終わってから一刻までだった。
あまり大きな声を出さない筈の半兵衛の怒鳴り声は、城中に響き渡って全ての者の動きを一時停止させた。その内の三分の一はまた城主の悪戯かと直ぐに己の仕事に戻り、別の三分の一は城主を純粋に心配し、残った三分の一はとばっちりは受けたく無いと何かと理由をつけて城を離れたという。

「三成っ!!匿って!!」

スパンッと開かれた襖と、答える間も無く入ってきた彼女は彼の執務室を超えて私室として与えられている室に逃げ込んだ。驚愕したままそれを見送る事しか出来なかった三成は、また良い音を立てて開かれた襖に振り返ると、笑みを湛えた半兵衛が立っていた。

「三成君、今ここに秀吉が来ただろう?」

ふるふると首を振る三成。尊敬する半兵衛に嘘を吐く事など出来ない、けれど匿えと言った秀吉を裏切る事などもっと出来ない。よって三成は口を開く事が出来なかった。

「ちょっと失礼するよ」

そんな三成の様子を丸っと理解した半兵衛は、ズカズカと部屋に入り込むと私室の襖に手を掛けた。

「いるのは分かっているんだよ秀吉、ッ!!」

開こうとした瞬間、逆に開け放たれた隙間から弾かれたように飛び出した彼女は素早くその場を後にしていた。

「待つんだ秀吉ッ!!」
「半兵衛は怒りすぎだッ!!」
「それは君が勝手に片倉くんを逃したからだろうッ」
「アレが寝返るわけ無いだろうに!」
「そんなの分からないじゃないか!!」

交わされる掛け合いは遠ざかり、何だか凄いことに巻き込まれてしまったと、通常運転が盲目的な三成も、珍しく災難だったと思うのだった。






「・・・そもそも、私はお前以外に軍師を囲う積もりは無い」

漸く捕まったらしい彼女は、納得いかないと言わんばかりに半兵衛から顔を背けたままぶすくれていた。

「豊臣は大国になるんだ。優れた軍師は複数必要だろう」
「吉継がいる」
「そうだけど・・・」

食い下がる半兵衛を、彼女は眼を細めて横目に見た。

「それに、治政の出来る統治者のいる国はそのままその国主に任せるつもりなんだ。必要な知識と知恵だけ豊臣から持って行ってくれれば良い。戦はなるべく少なくしたいし、話し合いで済むのならそうする。半兵衛、お前が居ればそれだけで済むんだよ」
「秀吉、」

尚も言い募る半兵衛の腕を力任せに引き寄せると、その頤に指を掛けて己の方へ向かせた。

「病が不安なのは分かる。けれど、私はお前をそう易々と病魔にくれてやる積もりは無いんだ。…お前は私のモノだろう?半兵衛」

にやりと微笑む彼女はそう言うと顔を近付けて半兵衛の唇の端に口付けた。

「ッ!!!」

その突然の暴挙に驚き過ぎて思考が停止した半兵衛は、頬を染めたまま口を半開きにして固まった。

「分かったら後継は吉継以外には諦めろ。新たに誰か連れてきてもその者の意見を私は取り入れないからな」

そう言い放って去っていく彼女に、やはり敵いそうには無いと正気に戻った半兵衛は顔を覆ったのだった。

20170316修正



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