大坂ってこんなところ02

大坂城の下の方、強固な石垣の内側は座敷牢になっている。そこに最近連れて来られた男に、今朝の彼女は会いに来ていた。

「やあ、ご機嫌はいかがかな竜の右目、片倉小十郎景綱」
「お前ェ・・・豊臣、秀吉か」

半兵衛が何やらこっそりとしているから少し調べてみればこれだ。川中島の際、機転を利かせて三軍を逃がすきっかけを作ったこの男の采配は見事であったし、半兵衛の軍略が破られるとはと内心舌を巻いたのも事実。去る彼の背を意味有り気に見送っていた半兵衛は、やっぱり余計な事を考えていたのだと睨み上げられるそれに苦笑を返した。

「うちの軍師が悪いことをしたね。どうも盲目的なところがあってさ」

噛み付くような剣呑な視線を此方に向けてくる彼の前に格子越しに座せば、驚いたように表情を固めたから多分彼は相当お人好しであると推測する。

「・・・一体、何しに来たんだ」

訝るような視線は真偽を見極めようと秀吉の動き全てを見切らんとギョロギョロと動く。警備の兵の一人も連れてきていない事が不思議でしょうがないのだろう。彼とはサシで話そうと思っていたから、来る時に兵は下がらせていた。

「お前と一度話してみようと思ってね。成程、賢い軍師のようだ」
「…ここの奴らは男に世辞を並べるのが好きなのか?」

不快だ、と言うように寄せられた眉間に笑う。大方、半兵衛にその才を褒められ豊臣に勧誘でもされたのだろう。半兵衛は予てから優秀な後継を欲している。彼の身を蝕む病の所為、己が永くないと思っているからだ。その諦めは彼の中で唯一、秀吉の嫌いなところだった。

「ふふふ、半兵衛のも私のも、素直な賛辞なんだけどね・・・まあいいや」

さあ本題だと、笑ったことで浮かんだ涙を拭って再度顔を向ければ、挑むようにごくりと息を呑んだ伊達の軍師はやはり優秀であるようだった。

「ちょっと付き合ってくれないか」





一応、お前は捕虜の身だからねと、繋がれた手に小十郎は困惑した。
あの後、鍵の外された牢から出された小十郎は、彼女に手を取られてあろう事か外へと連れ出されていた。特に拘束するでも無く、己に枷られているのはこの繋いだ細腕ただひとつ。しかもそれは、敵の大将のものである。一体何がどうなっているのかと、連れられるまま歩いているものの頭の中は大混乱であった。

「お前は趣味で農業をしているんだってね。私も農民の出なんだ。知っていたか?」

連れられた小十郎を見るなり瞳を見開く門番に笑って人差し指を一本口元に運ぶ彼女は、そのまま挨拶だけして城を抜け、朝日が昇り始めた早朝の静かな城下を歩く。町にはまだ人が少なく、気配も疎らであった。相当優秀な忍でも抱え込んでいて、警備の目を光らせているのかと辺りに視線を走らせてみるがやはり己と彼女以外の気配は感じられなかった。

「商人達はもう少し寝ているだろうね。彼らは農民よりは少しばかり朝が遅いんだ。それでも明るくなる前には起きているけれどね。大坂の民はみな働き者だから」

事も無げに話す彼女に、そうでは無いと言いたくなるのを堪える。そういう事で視線を巡らせていた訳ではない。この無防備な外出に狼狽えているのに、彼女は全くそれに関して無頓着であった。信じられない事に、小十郎の腰にはきちんと己の刀まで下げてあるのだ。

「おや、お早うございます太閤様」
「おはよう。今朝も精が出るね」

町を抜けると、田畑が広がる農村に出た。そろそろ収穫の近い米の稲穂が朝日に照らされている中、すれ違う農民は皆、彼女に声を掛ける。

「おはようございます。そちらは見ない顔ですね」
「ああ、客なんだ。今日はコレに私の大事な大坂を見せてやろうと思ってさ」
「そりゃあ、朝一番から連れ出されるワケだ!」

川中島で見たあの威風は欠片も感じられない。民と親し気に話し、とても慕われているような様子に小十郎はただただ驚愕するだけだった。

「ふふふ、私の宝たちは今日も朝から元気でいてくれて嬉しいよ」
「おっと、褒められちまったなぁ」
「こりゃあ気合い入れねばならんなあ!」
「参ったなこりゃ!」
「頼んだよ」

交わされる言葉は軽く、民が生き生きとしている。良い治政が為されているのだと、それだけで良く分かった。

「良い畑だろ?この間引いた水路が上手いこといったんだ。それとこの間改良した肥料が評判が良くってさ。少し臭うから、作るのは大変だったんだけど。皆文句も言わずに協力してくれてさ、上手くいった」

いつの間にか繋がれた手は離されていた。けれど小十郎は連れて来られた畑の野菜の様子に夢中ですっかりそれに気が付いていなかった。葉に手を添えて観察しながら、良く育っていると唸る。肥料の改良をしたということだが、教えてほしいくらいだった。

「後で採れ立てが城に届く。今はまつもいるし、戻ったらとびきり美味い朝餉を食べよう」

満足そうに田畑を眺め、伸びをしながら目を細める彼女。その様は、あの川中島の場で名乗りを上げた、力を誇示するような様子とは一線を画していた。けれど、アレも彼女で、そしてコレも彼女なのだろう。
ストン、と急激に頭が冷えて、理解が追い付いた。この女は屹度、たった一人で、こんなに無防備な様子から、自分より上背も筋力も勝るであろう小十郎相手に取り押さえる事が出来るのだ。逃げようとすれば一瞬でそれを無に帰すほどの実力が、彼女にはあるのだ。そしてそれでいて、小十郎がこの場では決してそんな事をしないと、理解しているのだ。

頭の中で組み立てられたその結論に、小十郎は愕然とした。
これが、豊臣秀吉なのかと。

「お前は本当に聡いね。独眼竜は果報者だ」

掛けられた声に振り向けば、彼女は瞳を細めて微笑んでいた。その視線は、表情は優しく、けれど上に立つ者の存在感を放っていて、無意識に逆らえないと思わせる。いや、逆らう気すら起きないのだ、彼女の前では。

「全部見せなくても分かってくれたのはお前が初めてだよ。と言っても、まだまだ日ノ本中に知らしめたワケでは無いのだけれどね」

行こうか、と此方に向けたその無防備な背中を見つめながら、小十郎は彼女と共に城へと戻って行った。
帰り道、その手は離れたままだった。

20170316修正



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