眩いまでのきらめき

入学したてに感じたあの衝撃を、家康は今でも覚えている。
祝辞を読み上げた生徒会長に妙な既視感を感じながら、生徒会役員に案内されるまま校内を教室へと進んでいる途中、その凛とした横顔に、思わず無意識に手を述べていた。

「・・・あ、あのっ、すまない!」

ぱしり、と掴んでしまった腕にハッと我にかえる。驚いたように瞳を丸めてこちらを伺う彼女に慌て、一体自分は何をしているのかと動揺が滲んだ。足を止めた家康を置いて、新入生の列は先へと進んでいく。

「大丈夫、ほら、あの列について行くと良い」

何故だか頭の中がぐちゃぐちゃになっている家康にくすりと優しく微笑んで、そしてそのひとは、家康の頭を少し雑に撫でた。その手付きに、何故だかすごく、泣きたくなった。



「三成はいるかな?」
「藤先輩!」

同じ日、ガイダンス終わりに鞄の中身を整理しながら、早速部活の見学に行かないかと誘いを受けるのをそれとなく流す。取り敢えず今日は、このぐるぐるとした頭の中を整理する為に、はやく一人になりたかった。騒めく教室の中、クラスメイト達に申し訳ないという表情を作りながら、頭の中は全く違う事が渦巻く。そういえば、自分はいつから、こんなに外面を装うのが上手くなったのだろうか。そんな時、その声は廊下の向こうから、少し距離もあっただろうに、どうしてだか耳についた。

「主将が顔を合わせたいそうだ。この後大丈夫か?」
「はい、勿論です。お供いたします」

その声は、先の彼女のものだと、直ぐに気が付く。そしてその声と話しているのも、己のよくよく知ったものだと、何故だかそう、知らないはずなのに、思った。何がどうなっているのかと、考える頭が答えを弾き出すのよりも先に、身体が動き出していた。

「だからそんなに畏るなって」
「すみません・・・」

話しかけてきたクラスメイトも、鞄も何もかもを放って廊下に出れば、懐かしい銀髪と、それに柔らかく微笑みかける彼女がいて、

「秀吉公・・・っ、」

バチン、と耳の奥で何かの弾ける音がした。ズキズキと痛む頭に、動かす足が縺れかかる。咄嗟に差し出される腕は、普段己を邪険に扱ってばかりながら、誰よりも己を評価してくれている友人のもので。珍しくも驚いたように、心配そうにこちらを見るその友人が、その隣に佇む彼女の存在が、これを、そう、家康は知っている。三成に支えられながらもぐらりと揺れる身体は、更に受け止めるように掴まれた肩にハッと覚醒する。

「家康」
「っ・・・ひで、」
「羽柴藤という」

目の前に、彼女が立っていた。再度口を突きそうだった名は遮られ、代わりに違う名が紡がれる。

「ひとつ上の2年生だ。よろしく頼むよ、家康」
「嗚呼・・・」

込み上げる熱いものは、彼女の手のひらが頬に触れたことで辛うじて瞳の中に留まった。彼女の前で、あの頃のように何度も涙を流す訳にはいかないーましてや、今はかつての歳の離れた姉や若すぎる母ほどの年齢差は縮まり、ひとつしか違わないのだから。

「藤先輩、」
「家康、出逢えてよかった」

はじめて呼ぶその名に、むず痒いものを覚える。かつて男名を名乗った彼の人の、これは屹度、真名なのだろう。それを呼ぶことを許された喜び。それを呼べる時代となった喜び。今はもう、己の手を傷付ける必要も、無いのだと。くしゃりと、泣き笑いをした家康の頭を、彼女はもう一度グリグリと撫で回した。





あの日、何もかもを取り戻した家康は、彼女やかつての友人達と、また前のような、けれど新しい関係を築いていた。一番驚いたのは、彼女の軍師の記憶のない隙間に、あの忍べていない忍が我が物顔で鎮座していたことだろうか。共にいることの多い彼らは学内では付き合っているのだというのが共通認識で、本人達も全く否定しないので家康も当初はそれが真実なのだと衝撃を受けた。けれどよくよく見てみると、そうではないのが分かるようになっていた。やはり彼女はどこまでいっても、あの軍師以外を真に隣に据える積もりは無いらしかった。その場に立ちたいと何人が足掻こうとも、彼の人の場所には届かない。不毛なのは、彼女か、それともそこを欲しがる者達か。

「お、東照くん」
「・・・猿飛センパイ」

まあそんな訳で、その迷彩忍のことは家康としてはかつてのまま受け入れたりはできない訳で。出くわしたら構えるくらいには、その存在が気に入らないのだった。

「怖いこわい」

放課後、生徒会室前の廊下に差し掛かったところに、その男は立っていた。当たり前のように鞄を二つ肩に掛けていて、それが誰のものだか容易に分かってしまうことすら憎らしい。家康が眉根を寄せてその男を見やれば、全く思ってもいなそうな事を調子よく口にする。他人をよく観察しているこの男のこと、わかっていてやっているのだろう、全く性格の悪い。そこに丁度生徒会室の扉が開き、彼女が出てくる。何か用事があったらしい。

「佐助」
「藤、終わったの?」
「ああ」

会長選挙が控える時期だった。家康は勿論立候補したし、彼女にお墨付きも貰っている。

「家康、三成が来てるよ」

現生徒会役員から立候補者が出たのは、家康だけだった。てっきり三成も立候補するものと思っていた家康は拍子抜けし、本人に確認をとったほど。それほど、彼女の後を継ぐというのは彼の中では大きな比重を占めていた事柄だった。かねてよりの友人に、決してその立場を譲る気が無いほどのものだった。



「え、三成は出ないのか?」
「私はそもそも、藤先輩のお役に立つ為に生徒会に入った。次期会長となれば部との両立も難儀になるし、私は藤先輩ほど有能ではない」

家康が生徒会役員に立候補したとき、勿論、彼女の近くにいたいという想いも、彼女の務める会長の職務を他の者に継がせたくないという想いもあったように思うが、それよりもただ当たり前に、手を挙げていた。だから、今回も、三成も当たり前にそうあって、そうして当たり前に会長選出馬で争うものかと思っていた。なのに、当の本人は立候補どころかその気すらない状態だった。

「そ、うか・・・」

三成は既に彼女から剣道部の主将という立場を引き継いでいた。それを大事にして、会長と部長を両立させてきた彼女の同じ身にはならないというのは、意外だった。てっきり、彼女と同じ立場を求めるものかと。三成も、時代に沿って丸くなったということなのだろうか。家康は、己だけが進んでいないのか、それともこれこそが正しい道であったのか、分からなくなってしまって立ち竦む。三成とは、競うのが当たり前のようになってしまっていたから。



「・・・何て顔をしているんだ。そんな様子では、藤先輩には遠く及ばないぞ」

べし、と頭に走った衝撃で、家康は我に返った。正面を向けば、呆れたようにこちらを見つめる三成がいた。藤先輩と佐助は既に帰ってしまったようで、そうだ、三成が来ていると彼女が言っていたっけと、家康は自分がぼんやりと回想に浸っていたことに気が付いたのだった。

「私は、お前だからその立場を任せる。それを忘れるな」

家康の抱えている漠然とした不安の話を、誰かにしたことは一度も無かった。けれど、どうしてだか分かっているように、三成はそう言い残して、さっさと部活へ向かってしまう。彼を呆然としたまま見送って、暫く。家康は、くつくつと喉を震わせた。

「本当に、敵わないな」

三成を呼び寄せていたらしい、彼女にも。そして、興味のないような顔をしながら、己をこんなにも奮い立たせてくれる旧友にも。これだけで、こんなにも胸の内が軽くなるのだから、己という生き物はあの頃から本当に、何も変わっていないのだろう、良くも悪くも、と家康は独りごちた。



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