この胸を掴んで離さない

初めて見た時、なんだこの強さはと、その戦う姿に釘付けになった。女の身でありながら、馬鹿力とも言うべきその圧倒的なパワーに、相手の奥底まで見極めるような視線。防具の奥で、虎視眈々と相手を伺うそれは、野生の獣を思わせた。
次に見た時には、つんと澄ましたような面をして、冷えた瞳で通りを歩く彼女が、偶々会ったらしい知り合いに見せた蕩けるような微笑みに視線を奪われた。あんな顔もするのかと、その内側に興味を持って。
そして三回目、政宗にとっては初めての舞台であった昨年の高校総体の決勝戦、防具を外した彼女の、勝利に喜ぶ年相応な微笑みに、とうとうやられているのを自覚した。

「羽柴藤ッ」
「あー・・・君か」

それから、何度もこうしてアタックしてはいるのだけれど。この戦況は決して芳しいものでは無かった。

「何か用かな」
「Ah-・・・なんだ、その、」

ポリポリと頬を掻きながら、政宗は言い澱む己自身を心の中で叱咤する。上級生を圧倒するその喧嘩強さと破天荒なカリスマ性から学内では"奥州筆頭"などと呼ばれ、剣道でも県内、いや日ノ本に敵なし、唯一のライバルは昨年の決勝戦で苦渋を飲まされた"凶王"石田みつ、・・・余計なことを思い出してしまった。兎に角、向かうところ敵なしと名高い暴君・伊達政宗が、なんたる醜態なのだ。女一人、目の前にするだけでまともに口も聞けなくなるなどと。

「明日・・・決勝で石田と当たる」
「そうだね」

因縁の相手は、彼女の後輩でもあった。しかもだいぶ、異様に、仲が良い。いつも共にいる姿に、あの誰にでもツンケンした男が、彼女の柔らかな笑みを真近に浴びる光景に、何度苦虫を噛み潰したことか。なんだそれ羨まし・・・憎っくき石田三成。この恨み晴らさでおくべきか。

「俺が勝ったら、お前の一日を俺に寄越せッ!!」

そして意を決し、ビシッと指を突き付けてそう言い放ち、政宗は脱兎の如く彼女の前から走り去った。
・・・後で頭を抱えた、もっとマシなデートの誘い方はなかったものかと。





返事は聞いていないとはいえ、約束は約束である。政宗は気合と期待に満ちた緊張に包まれながらその日を迎えた。

「石田三成・・・待ち侘びたぜ」

もう嫌という程彼女の隣で見飽きたその澄ました顔を、今日こそ屈辱に歪めてやるのだと政宗は宣戦布告のようにその白銀の前に立ったのだ。だが、

「・・・誰だ貴様は」
「なっ、なんだとテメェッ」

憮然とした顔で、本当に分からないと首を傾けて。そして興味も無さげに、政宗の横を通り抜けたその男に、瞳を見開いて固まった。石田三成という男がどういう男であるのか、政宗はある程度情報収集をしていたつもりだった。興味のないものにはとことん興味がなく、興味を持つもの、一旦内に入れたものに対しては盲目的であると。だからこそ彼女への妄執は凄まじく、それを受け止める彼女の懐たるやと周りに言わしめるのである。それがよもや、因縁の宿敵たる己にまで興味を持っていなかったとは。それほどの相手でも無いと言うことか。込み上げるのは悔しさと、怒り、怒り、怒り。落ち着け伊達政宗、そう、そんなにも興味が無いのであれば、むしろ興味を持たせるようにするまで。徹底的にブチのめす、それ一択に他ならない。決めた、今日、ヤる。



さて、そんな一方的に怨嗟さんざめく戦いの勝敗とは、

「伊達政宗ええぇえぇぇぇ!!!」
「HA-!負けた奴が遠吠えか?」

その政宗の怨恨の勝利とでも言おうか。普段落ち着いている時は物静かな石田三成も、これには箍が外れ暴れ回る。けれど勝負は勝負、決着はスポーツマンシップに則ってルールの上に決してしまっているのだから、どうしたって変わらないのだ。

「怒るなよ三成、少し出掛けるだけじゃないか」

そう、凶王と呼ばれ恐れられる三成ではあるが、何もそんな、試合の結果に駄々を捏ねるような格好の悪い男では無い。彼が一体何に怒っているのか、それは他でもない、彼の尊敬して敬愛して止まない彼女の貴重な一日が、この試合の勝敗に賭けられていたと試合の後に知ってしまったからである。しかも、結果は己の所為で彼女の負けということになり、その一日は憎っくき伊達政宗、目の前のこのいけ好かない男に預けられてしまったのだからこれが怒らずにいられようか。例え彼女が良いと言ったとしても、この卑劣な行いを見過ごすことなど出来やしない!

「残滅してやるゥゥッ!!」
「三成!!」

カッ!黒い靄がはみ出そうになる三成を、一喝する声が響く。どうしてなのか清々しいほどによく通るその声色に、空気が、場が、彼女に支配される。政宗は、思わず三成を警戒して構えたままにも関わらず、その声の主の方へと顔を向けてしまった。

「結果は結果だ・・・それに、次は負けやしないだろう?」

叱咤の後の、その言葉と共に落とされた挑発的な微笑み。しんと静まり返った会場の中、口の端を釣り上げた彼女は三成を見つめた後に、政宗をチラリと視界の端で捉えてから踵を返す。

「帰るぞ」
「はい!!!」

また、射抜かれた。
彼女が離れていくのと共に騒めきを取り戻す会場の中で、政宗はいつかのように立ち尽くしていた。見るたび彩りを変える彼女のその瞳に、視線に、政宗は何度も何度も胸の内を掴まれている。その強すぎる光に、何か肚の奥深いところが、惹かれているのだ。



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