大坂ってこんなところ01

「あー!太閤さまだー!」

秀吉の所業に漫遊から腰を上げた慶次が、大坂を訪れてみれば出迎えたのは民が笑い、行き交い、賑わう町だった。話しを聞いてみれば生き生きとした人々は口々に“太閤様”を称える。外から聞く分とは酷い違いに動揺する彼は、取り敢えず町も一巡りしようと回っていた。

「久しぶりだねぇ。みんな元気だった?」
「うん!!」
「ねー太閤さま、あそぼー」
「はいはい」

嬉しそうに声を上げた子供達に囲まれ手を引かれて、歩いているのは在ろう事か、あの“彼女”だった。

「おや太閤様、ご苦労様です」
「いーや、これくらい苦労でも何でも無いよ。皆の方がいつもご苦労様」

遊び場に向かうのか、道すがらに町人や農民から掛けられる声に、笑って答えていく。

「太閤様!うちの助六はしっかりやっていますかい?」
「五蔵さん家の助六は、足軽だったよね。この間稽古で大きな痣つくってたからバシッと湿布を貼るのに叩いてやったよ」
「はっはっは!!そりゃあ良いや!もっと扱いてやってくだせぇ!!」
「今度の休みには帰るって言ってたから労ってやってよ」

自軍の兵の顔と名前を憶えているのか、すぐに出てくる返答には隙が無い。これが豊臣なのかと、慶次は自分の思い込みを恥じた。

「・・・ひでよし、」
「慶次・・・?」

こちらの見つめる視線と、呟きに気が付いた彼女が此方を向いて足を止めた。瞳を大きく見開いた後、慶次を見つめる視線は一転して冷たいものに変わった。

「……何しに来たの」

取り囲んでいた子供たちを、自分の後ろに下がらせると、彼女は尖った声をこちらに向けた。警戒するような視線はまわりの村人達からもひしひしと注がれていて、怯えるような子供たちの視線も向けられる。慶次は敵意の籠ったそれらに落ち着かないというように半歩下がった。

「秀吉ッ、俺は、」
「前田家から慶次は敵対する積もりがあるようだと聞いている。私の身内に手出しするようなら容赦はしない」

慶次に弁解の隙も与えずに放たれる言葉。違う、そうじゃないと、首を振った慶次は彼女の鋭い視線から逃げるように頭を下げた。

「悪かった!!!俺は、お前のことを勘違いしてた!!!」

勢い良く言い放ったそれに、彼女の放つ気が僅かに弱まった。

「豊臣の他国への侵攻の話ばかり聞いていたんだ。そんなお前を止めなきゃならないと此処へ来た。だけど、来てみれば大坂は、此処の民はどこよりも眩しい顔で笑ってるじゃないか。これがお前の、秀吉の国なんだな・・・!」

かつて道を違えたと思っていた友は、自分の信じた通りの人物であった。それが慶次には誇らしく、嬉しい。素晴らしい国を彼女はつくってくれる。ここを見ればそう信じられる。感動を覚えながら、顔を上げた慶次に向けられている視線はもう警戒のものでは無くなっていた。

「私は一度内に入れたものは全て護ると決めている。大坂も、今まで領土としてきた国には治政を施しているよ。お前がそれに賛同してくれるなら、是非、手を貸して欲しい。端から端まで目を行き届かせるには、信頼できる私の意を汲む者が、一人でも多く必要なんだ」

歩み寄って来た彼女は、そう言って慶次に右手を差し出した。

「また友達っていうことで、どうかな慶次」
「ああ…勿論だ秀吉!!」

半分泣きそうになりながら、その細く小さな手のひらを、慶次はとったのだった。





あの後、放っておかれた事に機嫌を損ねた子供たちに軽く攻撃を受けながら彼らと共に遊んだ慶次は、彼女に連れられて大坂城に入っていた。

「・・・何で慶次君が居るんだい」

慶次の前に立ちはだかるのは、機嫌が悪そうに眉根を寄せる白い麗人。久方ぶりに見る彼に、懐かしいなあと表情を緩めるとその眉間の谷が更に濃くなったようだった。

「町にいたんだよ」
「だからって拾って来ることは無いだろう」
「仲直りしたの」
「そう・・・」

そんな彼に苦笑を溢した彼女は、半兵衛の手を握るとただいま、と言ってそのまま中へと入って行く。

「慶次も手伝ってくれるって」
「・・・また君はそうやって勝手に、」
「ふふふ、利家とまつも喜ぶね」

表情を綻ばせる彼女に、噂で聞いた覇王の面影は皆無だ。

「慶次、右に行ったところに部屋がある。今日は前田の二人も来てるんだ。仲直りしてきなよ」
「ッ!!ああ!」

顔だけ此方に向けた彼女は、そう言って悪戯気に笑う。

「私は半兵衛の機嫌をとってから行くから。まつに今日は筍ご飯が食べたいって言っておいて」
「機嫌って僕は別に…」
「はいはい。いいから行こう、半兵衛」

彼女に引かれるまま連れて行かれる半兵衛。二人の手はしっかりと繋がれて、彼女が再度彼の名を呼びながら指を絡めたのが見えた。それに口を慎んだ半兵衛が、表情を緩めていたところも。自分が居ない間に二人には二人の時間の蓄積があって、それは入る隙など無い程の強固な絆であるのだろう。それが少し、慶次には羨ましかった。あの頃の決別が無ければ、なんて。たらればで言い始めては、キリが無いことなど分かっている。

「・・・利とまつ姉ちゃんに、謝らないとな」

二人に背を向けたこと、二人を信じきれなかったこと。そして今日知った大坂の素晴らしさを、共に語ろう。

20170316修正



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