知らん振りして口に咥える

それから、そんな二人を目撃した者が居たらしく、佐助と彼女の事が暫し学年内で噂となった事で、彼女はやはり憶えていたではないかと察した連中が集まってきた。同じ学年には、嘗ての顔見知りが複数名存在していた。かすがと雑賀孫市は、昔から記憶があると言っていた。前田慶次は、藤の幼馴染であるが、幼い頃から記憶が無いままだという。藤と親しくするようになった孫市に、あの頃のように此度も惚れ込んではアタックしている様は、記憶も無いのに昔のままなのが可笑しかった。それと、明智光秀までもがコンタクトを取ってきたと、彼女に聞いた時には驚いたが。

「あれはそこまで嫌な奴では無いよ」

彼女と明智との仲はどういう訳か、良好なようだった。そういえば、彼女はあの頃から邪険に扱うにしてもそこに優しさを持ち合わせているようだった。佐助は染み付いた苦手意識から、やはりその男に会うと顔を顰めてしまうが。そしてもう一人、驚いたのが、

「毛利先生」
「猿飛か。藤ならば奥だ」

この学校には、昔馴染みが三人、教師として働いている。その中の二人は記憶無しで、残るこの男は記憶を持っているらしい。生徒会の顧問である彼は、藤と明智とは割と親しそうにしていた。

「藤、帰ろ?」
「ああ・・・もう少し待ってくれるか。これだけ仕上げてしまう」

二年になって当たり前のように生徒会へ入った彼女は、部活と合わせて忙しそうにしていたが、一緒に入ったらしい光秀と上手いことその手腕を発揮しているようだった。

「光秀、これなんだが・・・」
「ああ、これならば会長に、」

驚くべき事に、この現会長というのが、あの魔王と恐れられた織田信長なのであるが・・・彼はどうやら記憶持ちではないらしい。寡黙で迫力のある顔をしながらも学内を上手い事纏めていると評判も良く、昔に彼女が信長を庇った話を聞いた時の、善政者だったという言葉が頭の片隅を過ぎり、為人は変わらぬのだなと佐助は彼に対する苦手意識を改めている。

「よし、じゃあ帰ろうか」

お待たせ、と駆け寄ってくる彼女に、当たり前のように持ってきた鞄を渡すと彼女はありがとう、とはにかんだ。

「光秀も帰らないか?」
「私は濃の家が迎えに来ますので」
「ああ、今日はその日だったか」

濃というのは、あの濃姫であるのだが、記憶がないままでも光秀と今生でも従姉弟同士で、彼らのことは家の者がよく迎えに来ていた。信長とは今生でも恋愛関係に発展したらしい。濃の方が寡黙な彼の手綱をよく握っている。

「じゃあ、濃によろしく。毛利先生、失礼します」
「ああ、気をつけて帰るがよい」
「はい」

これは一年の頃からだが、佐助と彼女との距離はだいぶ近くなっていた。やはり今生、彼女の不安定であった時期に傍に居たというのが大きいようで、最近では今年入って来た一つ下の後輩たちにもその件で何様なのかと睨まれる程である。僻みもいいとこだと鼻で笑っているが、噂が噂を呼び、付き合っているだとか理想のカップルだとか言われるているので佐助はその内隠れた狂信者と名高い狸辺りに刺されるかもしれない。けれど噂を聞いても否定しないのは彼女もお互い様で、それが更に学内の噂好き達を調子に乗らせているのだが、そんなの佐助の知ったことではない。

「藤の周りでは、偏屈な奴らが素直になるよね」

あの明智光秀が、信長が側にいるという状況にも関わらず問題を起こす事も無く真面目な学校生活を送っていることも、あの毛利元就が、素っ気ない言い草にプラスして彼女に気を配るような発言をすることも、いくら世が変わったからといっても、佐助から言わせてみれば、相手が"彼女だから"という他無い事であった。

「そうか?私には、ずっと変わらないままに感じるが」

それに違和感を感じないのは、彼女が最初から、その人の本質を見抜いて接してきたからだろうか。

「藤、ちょっと」
「?」

その時、ちょうど遠くにちらと見えた人影に、佐助は足を止めて彼女の腕を引く。顔の横から腕を回して、その後頭部の髪の結び目に触れた。

「絡まってる」
「ん、」

まるで腕の中に囲っているような体勢になっている事に、彼女の意識は向かない。それどころか、額が佐助の胸にコツンと当たる。この距離感が、佐助は嫌いではなかった。

「佐助は本当に、優しいね」
「そう?」

彼女は佐助の意図も、何もかも分かっているのだろう。遠くに見えた白い麗人が、瞳を僅かに見開いて、足早に角を曲がるのを見送った。記憶が無くても、不快に思うのかと可笑しく思ったが、そんな期待になりかねない事を彼女に見せてやる気はほとほと無い。

「はい、直ったよ」
「ありがとう」

ぽんぽん、とその形の良い頭に触れて離れた。ふわりと柔らかい笑みを一身に受けて、佐助も到底不毛だという己自身を嘲笑う。

「佐助、今日寄っていってもいい?」
「うん。旦那も御館様も喜ぶ」

でもどうしたって、この立場を他の誰かに譲る気にはなれそうに無い。



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