「秀吉」
「おや、濃が来るなんて珍しいね」
来客があったのは、そんな騒がしさを遠くに感じていた頃のこと。何か楽しげな催しが彼女に内密で進められているのは分かっていたが、まさかこの彼女まで出てくるとは。
「私は仕事があるから上総介様より少し先にね」
「仕事?」
にやり、と口の端を吊り上げた彼女は先ず三成に向き直る。
「ここは私に任せて貴方は竹中半兵衛のところへ行きなさい」
「・・・半兵衛様からは秀吉様より離れないよう仰せつかっている」
「じゃあ部屋の外で待ってるのね。行くわよ秀吉!」
「貴様ッ!!」
奥の私室に押し込められた彼女は、締め出された三成と離ればなれにされてしまうが、まあ相手は濃だからと安心するように声をかける。
「三成、大丈夫だから!ちょ、濃、何をする気だ?!」
「いいから早く来なさいな秀吉」
「マリアまで!」
どういう訳だか準備万端と言わんばかりにいつものものよりも余程煌びやかな着物を広げて待ち構えるマリアに、濃の方へと振り返れば楽しそうに化粧道具を広げる始末。
「・・・ほんと、何があるんだ、今日」
「ふふふ。楽しい事よ、秀吉」
「さあ、美しくするわよ!!」
ひいっ、と彼女が喉を痙攣らせるのも仕方ない事だと思う。だって二人とも、目が
・
「・・・また凄まじい量よナ」
「我には理解出来ぬ」
さて、門前の来賓受け入れ口はというと。吉継の応援もあり、その大荷物を捌く元就はけれどその中身に眉根を寄せるしか出来ず。
「あきのちしょうどのはさけはのまないのでしたね」
「真っこと勿体なか!酒は良いもんばい!」
「儂も普段佐助に制限されておるからのう。今日は無礼講じゃ」
わあ、大御所勢揃い。
越後の軍神、薩摩鬼島津、甲斐の虎。周りからも一目置かれる稀代の名将である彼等は揃いも揃って酒好きである。祝い酒だと山のように持ち込んでいるのは自分達が飲むからで、それが真逆、この量とは。山か。
「ヒヒヒ!太閤も喜ばれるであろ!」
「あれも酒好きであったな・・・」
この三人には些か劣るものの、枠である彼女もいるのだからこんな量はこの宴で屹度無くなってしまうのだろう。
「運ぶのはこの馬鹿がやる故」
「馬鹿って何だ毛利ィ!」
「貴様、先に騒音を立てながらよもや秀吉にバレようかという瀬戸際だったのをもう忘れたか」
「・・・チッ」
・
「・・・三成君?そんなところでどうしたんだい?」
濃姫やマリアに気がつけば直虎やお市まで、錚々たる女性陣に追い出されてしまった三成は部屋のすぐ外で待機していた。秀吉が大丈夫だと言ってはいたが押しに押し負けてしまった訳で、けれど半兵衛からの任務を反故にする訳にもいかず。どうしたものかと思っていたところに、その命を下した張本人である半兵衛がやって来たのだった。
「半兵衛様・・・!申し訳ありません、」
「秀吉はどうしたんだい?・・・嗚呼、中に居るのか」
室の中から聞こえてくるきゃっきゃとした声を聞くなり瞳を細めた半兵衛が、諦めたように溜息を吐いた。中にいる面々を思い出して、逆らうのは不利だと理解したようだった。
「ちょ、待てマリアっ!!」
「なにが待てよお、良いじゃない、見せてあげましょう?」
「秀吉様、綺麗」
「そうよ秀吉、似合っているわ」
バタバタと、慌てた彼女の声に三成がピクリと反応する。次いでスパン、と開かれる障子戸に、視界に映ったものに二人は瞳を見開いた。
「な、なんで半兵衛がここに、」
一歩後退った彼女の、その姿に三成は見惚れていた。いつも美しい彼女だが、その少し濃いめの化粧や艶やかな柄の単衣、いつもより高い位置に、しかしケバケバしさのなく飾られた髪。照れたように僅かに染まる頬が、そのいつもと違う美しさに拍車をかけていた。
「ひで、よし、」
思わずその名を呟きそうになった、隣で半兵衛がこぼれ落ちるように彼女の名を呼んだ事に、三成はハッと我に返った。この美しい主君が着飾られたのは屹度この隣の尊敬する軍師の為である。三成はそれを邪魔したりなど出来ない。
「・・・綺麗だ」
「は、はんべ、」
「いつもの君も美しいが、その姿もとても美しいよ」
「っ、」
もはやお互いしか見えていないような二人に、三成は笑みを湛えたまま無言で離れる女達と共にその場から下がる事にした。
・
二人きりにされた室で彼女は顔を覆って少しでもこの気恥ずかしさを逃がそうとするが、半兵衛がそれを許さない。指先は絡め取られて、至近距離から顔を覗き込まれれば為す術などない。
「、今日は一体何なんだ・・・?客人どころの騒ぎじゃ無いだろう、あちこちから人を集めて。濃の話じゃ信長まで来るそうじゃないか」
視線を彷徨わせながら今朝から感じるこの違和感と沢山の人物の気配について問いただす。彼女のことは除け者にして、他のみんなは何が行われるのか知っているようなのだから全くひどい話である。まあ、彼女を驚かせようとしてくれているようだったから敢えてそれに乗ったところもあるのだけれど。
「僕たちは新しい年を迎えるごとに歳をとるだろう?」
「うん?」
一体何の話だと、口を開いた半兵衛に首を傾ける。
「南蛮ではね、そうではなくて、生まれた日で数えるらしいんだ。だからその日は、その人の"誕生日"になる。特別な日になるんだよ」
「・・・うん?」
ここまで聞いても、彼女には思い当たる節が存在しなかった。それもしょうがない、そもそも己の誕生日など覚えている人間はいやしないのだから。
「今日は君の誕生日なんだ、秀吉」
おめでとう、と楽しげに瞳を細める半兵衛に、かちりと固まる。まさか、己の為の宴なのか。
「待て・・・それでこんなに人が?」
「ああ、そうだよ。君の誕生日を祝う宴を開くと言ったら、みんな張り切ってくれてね。全国津々浦々大集合だ」
くすくすと笑う半兵衛は、気付いていたようだったのに自分の為だとまでは流石に分からなかった彼女に、悪戯でも成功したかのようで本当に楽しそうだ。
「でもまあ、この騒ぎに乗じて僕まで驚かされるとは思わなかったけれど。女人の考えることは興味深いね」
そう言って、握ったままだった手を引いて半兵衛は彼女にもう一歩近付いた。額がこつりと当たる。
「本当に綺麗だよ、秀吉。これからみんなの前に出なくてはならないのに、このまま此処に閉じ込めてしまいたいくらいだ」
「っ、」
半兵衛が、臆する事なくこんなに甘言を吐くのも珍しい。慣れないそれに、彼女もらしくもなく頬を染めた。
「・・・後で、」
「うん、?」
「後で、好きにすればいい」
宴の後なら構わないのだろうと、小さな声で告げる彼女に半兵衛も固まった。・・・嗚呼ほらまただ。今回こそは彼女に勝てたと思ったのに。全くどうして、自分も最後の最後で詰めが甘い。
堪らなくなって、彼女の背に腕を回して抱き締めた。
「覚悟しておくといいよ」
ぴくり、と震える彼女から身体を離して、その手を引いた。
「さあ、宴の始まりだ」
何だかもう騒ぎ始めている、皆の待つところへと。