ひとりじめしたいの

「佐助」
「うわっ!!!ちょ、ちょ、え?!なんでアンタこんなとこに・・・っていうか、なんで分かったの!!!」

それは、大坂城下の少し外れ。
最近不穏な会合が行われているらしいと報告が入っていたところで、なにやらきな臭いついでに火薬臭いと話題で彼女もどうしようかと頭を悩ませていたところ。忍びの術で変装しているとはいえ見知った気配にニヤニヤとその背に近づいて、声を掛ければ潜めながらも慌てた様子に彼女は楽しげにクスクスと笑っていた。

「お兄さん、こんな所で何してるの」

その彼女はと言えばいつもよりも派手な柄の着物に大層煌びやかな羽織、いつもは緩く下で結っている髪を上げていて、その姿は花街でも見劣りせぬどころか艶に目を惹くものであって。商人風の出で立ちの佐助に絡んでいればそれはもう何の違和感もないこの街の一風景であった。潜めた声の為に顔を近づけていた佐助の首に両腕を回して身体を寄せる彼女に佐助は呆然と口を開けたまま。

「何やってるの・・・?」
「ちょっとここいらの子達に話を聞きに来たんだよ」
「なんでこんなとこに、」

今更ながらに彼女の顔が至近距離にあったことに気がついた佐助が視線を泳がせる。

「近くない太閤サン、」
「ん?」

小首を傾げるその仕草は男なら誰でもグッとくるもので、後れ毛がさらりと揺れる様がその白い首筋に映えている。これを誘惑と言わずして何というのか。

「・・・それで、何か良い情報はあったの」

ゴクリと生唾を呑み込んだ佐助は視界の隅に見覚えのある男を見つけて漸く彼女の意図を理解した。そこからは"忍びもーど"というやつで、先程までぐらついていた理性は何処へやら、その思惑に乗るように彼女の腰に手を回し引き寄せ、その首筋に顔を埋める。睦み合う男と女のように、周りに溶け込み喧騒に紛れる。

「大和の客人は、菊屋に馴染みがいるそうだ」
「ふーん・・・菊屋な、ら・・・」

けれどそこまで口を動かして、佐助はカチリと固まった。視線をチラリと男の去った方へと動かしてみれば、怖い顔をした先とは違う、白い装束の見慣れた男がツカツカと此方へ歩いてくるではないか。

「っ、・・・何をしているんだい、」

一瞬口を開けて、そして迷うように言いあぐねて言葉を呑み込んだその男は、代わりに彼女の腕を強く掴むことで衝動を抑え込んだらしかった。

「久秀が来てる」
「・・・そう」

佐助と彼女が引っ付いていた意味も、彼女がこんな所に居る意味も分かっているのに、声が低くなるのも言葉が少なくなるのも半兵衛にはどうしようもないようだった。佐助もその気持ちはよくわかる。まあ、仕事なのだからとは言うものの多少の下心的なものはなかったとは言い切れない身の上であるのだから仕方がない。だって相手は彼女なのだ。色々とご察ししていただいても良いだろう。

「・・・っと、じゃあ俺様は影に潜りますよっと」

ここいらで退散した方が身のため世のためお仕事のため哉。彼女の軍師がまだ冷静なうちにと佐助は闇を呼び出してその中に溶けた。





「・・・何も君が来ることなかっただろう」
「私が来ないと喋らない子達もいるんだから仕方がないだろう。おかげで会合場所がわかった」

彼女の言い分はもっともで、半兵衛は駄々を捏ねている子供のようになってしまっている現状に苦虫を噛み潰す。だって、けれど、そればかりが頭に浮かんでくるのだ。
抱えの忍から秘密裏に松永が大坂に入ったらしいとの報告を受けた半兵衛は、彼が向かったという花街へ足を運んでたまたま"それ"を視界に入れた。そういえば彼女は今日は朝から馴染みに会うからと出掛けていたなとか、商人に扮している真田の忍は近頃噂の会合についての任を幸村伝いに受けていた筈だとか。視界の隅に見えた白黒の装束だとか、睦み合っているように見えて情報交換でもしているのか唇の動きが忙しないことだとか。そんな事らと共に頭の中を駆け巡ったのは何もあんなに密着しなくてもだとか、まるで恋仲のようだとか。その交わしている甘い視線は何だとか、その頬に耳に首筋に触れるなだとか。冷静になれと頭に信号を送っても冷えていく表面とは裏腹に奥深いところが黒く熱く煮え滾る。それはとても醜い歪なもので、ドロドロと沸騰するそれを奥に無理やり押し込めて。花街で目立たないようにといつもよりも余程着飾っている彼女のその姿が、男の首に腕を回し身体を寄せて囁き合い視線を交えて微笑み合うその表情が、まるで隠れて恋しい男と逢引でもしているかのように見えて。
嫉妬に苛まれる胸の内を、苛立ちのまま彼女に当たってしまわないようにとその腕を掴むだけで留めたのだけれど。嗚呼、でもその腕の力がいつもよりも強くなってしまったか。彼女が僅かに眉根を寄せた。

「君に触れて良いのは僕だけだと思っていたのだけれど」
「半兵衛、」
「・・・ごめんよ、忘れてくれ。さあ、火遊びが好きな紳士には早々にご退場願わなくてはね」

小さくちいさく呟いた言葉。彼女の瞳が見開かれたから、この喧騒の中でも拾われてしまったかもしれない。嗚呼、ああ、醜い。言ってしまった言葉は戻らないからそれを掻き消すようにいつもと変わらぬ笑みを彼女に見せて、掴んだままだった腕を離して背を向けた。





「やあ久秀。内緒話は終わったか?」

彼女の息のかかった女達の多いこの場所で松永が悪巧みをしていた理由はただ一つ。共謀相手がつまらなかったから、いっその事さっさとバレてしまって彼女ご本人に登場してもらった方が面白い…ただそれだけ。場に登場する筈のない人物の登場に慌てふためく彼以外の者たちはどれも小者で、彼女の顔すら把握していないらしく慌てたものの焦りは無い。

「なんだ・・・女か」
「お知り合いですかな松永殿」
「・・・嗚呼、古くからの付き合いでね」
「こんな美しい馴染みが居るならば教えてくだされば良かったものを!」

それどころか女だと分かれば彼女を中へ招き入れる始末、くだらない、これでは上手くいくものも上手くいかないであろうに。

「・・・久秀、もうお開きで構わないな?」
「嗚呼、卿の艶姿が見られただけよしとしよう」
「そういえば、これはお前から送られた羽織だったか」

彼女がクスリと笑ったのを合図に、忍が天井から降りてくる。佐助の配下、真田忍の者達だ。男達の悲鳴と逃げ惑う音を背に、彼女は松永を連れてその室を後にした。

「組んだ相手が悪かったようだな」
「実にくだらない連中だった。いま少し賢ければ面白みもあったものを」
「私の顔も知らないような輩ではお話にならないな」
「違いない」

戦国に名を馳せる梟雄・松永久秀。面白い事の為、己が愉しむ為、そして欲しいものの為ならば手段を選ばない男。彼女の庇護というか援助というか、監視を受けながらも普段はそこそこに大人しく過ごしているこの男も、時たまこういう悪巧みを企てようとする。彼女にとっては稚児の悪戯のようなものであるが、彼女を支える者等にとっては脅威とも成り得るのだからそうそう放っておくことも出来ない。全く手のかかる大きな子供のような男である。

「お前のおかげで半兵衛と喧嘩をしてしまった」
「おや、珍しいこともあったものだ」

彼女等と入れ違いに先の室に入った半兵衛は、今頃佐助と共にあの男達に尋問しているところだろう。隣の松永が背後をチラリと振り返るのが分かった。

「愛想を尽かされたならば私のところへ来ると良い。卿ならば喜んで歓迎しよう」
「・・・遠慮しておく」

クククと喉を震わせる面倒くさい男は、結局彼女等を揶揄うだけして自分の国へと帰って行った。



「彼は何がしたかったんだい?」
「・・・私に会いたかっただけなんじゃないか?」
「そう」

未だ不機嫌そうな半兵衛は、それだけ聞くとまた眉根を寄せて。嗚呼本当に、

「太閤サーンって・・・ああ、俺様間が悪かった、ね「佐助」・・・っちょ!!」

仕方のない奴、とひとつ笑って。不機嫌が頂点に達しそうな半兵衛を無理矢理こちらへ向かせて、唇を合わせてしまった。佐助の目の前で。

「・・・」
「他言は無用だぞ、佐助?」
「・・・了解ですよっと(みんな察してるけどね!!!)」

彼女が他人の前で、そういうところを見せる意味。わざわざ、いま半兵衛が一番妬いている男の目の前で見せつけてしまうことの意味。此処まで触れるのは、半兵衛だけだと、そういう事を、彼女は無理矢理分からせる。

「これで満足か、半兵衛?」
「・・・満足は出来ないかな。そもそも君が他人に無防備が過ぎるから・・・!」

半兵衛がぐっと内に仕舞い込もうとしていたものを、醜い感情を、彼女は見せろと引き摺り出すから。嫌だと感じた、その胸の内のドス黒いものを全部、こうして吐き出させてくれるから。

「佐助、半兵衛の説教は長いから、幸村へ事の次第の報告に行っておいで」
「はいはいっと・・・ごゆっくり」

後で佐助には詫びを入れておかなければならないなと思いつつ、彼女にこうして甘えてしまうのを、半兵衛は嫌だとは思わなくなっていて。

「半兵衛」
「・・・なんだい、秀吉」
「私はこれからもそう簡単には変わらないだろうから、お前を困らせたり苦しめたりするかもしれない。けれど、一番奥まで触れられるのは、お前だけだよ」

そうして簡単に、甘い言葉を吐き出すから。

「それから、私が心から触れたいと思うのもお前だけだ」

ちゅう、と触れる口の端。嗚呼もう、こんなことで許してしまうなんて。これこそが惚れた弱みというやつなのだろう。

「仕方がないな、」

くすくすと笑う彼女を抱き締めて。





二万打リクエスト、彼女に揶揄われる佐助に嫉妬する半兵衛のお話。ちょっと喧嘩みたいになってしまいつつ、結局彼女に甘やかされる。彼女は半兵衛にそういう思いをさせてしまうことはもう仕方がないと自分に諦めつつも、そういうものを溜めさせたくはないので吐き出させてあげるのです。佐助は巻き込まれ損ですが、屹度今回のご褒美に後日彼女から己が主人からは貰えないボーナスでも貰うことでしょう・・・笑



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