川中島へ参上

「川中島に集う全武将、全兵士に告げる。この戦場は僕たち豊臣軍が完全に包囲した。豊臣の軍門に下り給え。降伏の暁には全ての者に確たる処遇と郎党の安土を約束しよう」

伊達軍が乱入してくる所までは何時もの事だった川中島での上杉との戦に、さらに闖入者が入り込む。ぐるりと囲われてしまった状況に、三軍の不利は必至であった。

「ぬうぅ…抜かったわ」

槍を構える豊臣軍に唸った信玄は、謙信と目配せをすると共に弓兵を相手方の大将に向けた。高台から見下ろす白い仮面の男は、静かにこちらを見下ろしている。

「放てッ!!」

謙信の声に一斉に弓が放たれる。防御する姿勢すら見せない男に眉根を寄せた瞬間、男の後ろから人影が飛び出した。

「はあぁぁぁッ!!!」

姿形にそぐわない大剣を弓から放たれた矢の雨を薙ぎ払うように軽々と振り下ろし、一振りで生まれた波動が矢先を跳ね返す。一転してこちらに降り注ぐ矢の雨に、兵達は狼狽え、己が放った矢によって傷ついた。

「はあッ!!」

そして再度、その人影・・・基、"その女"は大剣を振り上げる。光の刃が空を割り、暗雲が立ち込めて今にも雨が降り出しそうだった空が開けて、光が差した。その光景に思わず息を呑んだのは、信玄だけでは無かった。

「我が名は豊臣秀吉。我の前に屈し、我の下で一つとなれ。強き兵として、この国を富めんが為に!!」

大剣を地に突き刺して見下ろす女は、かの魔王を思わせる威圧感を漂わせていた。己よりも若年であろう、しかも女の身でのその存在感に、誰もが驚き、一体何が起こっているのかと、固唾を呑んでそのただ一点を見つめていた。

「新参者にしちゃあ、結構なperformanceだ・・・だが、どうにもcoolじゃねェ」

その女の威風が支配する場に、挑発じみた声が水を差す。その青い若人は、やはりというか何というか。伊達の小倅めと、信玄は内心呟いた。

「伊達政宗くんか・・・やはり、ね」

そんな彼を見定めるように、女の横に佇む白い男が唇を動かしたのが見えた。

「我と共に進め。歯向かう者には容赦せぬ」
「喧嘩なら買ってやるぜ。竜の鱗の一枚でも剥がせりゃあ、アンタの言う事を聞いてやるよ」
「分を弁えぬか。小僧が、己が器を思い知るが良い」
「・・・上等だ。久しぶりに虫唾が走るほど気に入らねェ」

挑発には挑発で返す。食ってかかる政宗を見下ろしながら口角を吊り上げた女が、愉快そうにその瞳を歪ませる。余裕の表情に、気の短い政宗が我慢できる筈も無く。しかし彼の右目は冷静であったようで、主がそんなやり取りをしている間に佐助を呼び寄せ、信玄と謙信に伝令を飛ばしていた。それに、二人の大将は音も無く頷いた。

「稀代の名将、甲斐の虎、越後の軍神・・・そして、奥州の独眼竜。少し勿体無いけど、潰すしかなさそうだ」
「構わぬ。無駄な戦などする気は無いからな」

駆け出す独眼竜に、相対する女と白い男。相手は二人と、加勢に入った小十郎が刃を交え、閃光で目を眩ませる。その小十郎の作り出した隙を好機にと、上杉軍と反対方向に軍を動かし、武田は窮地を脱したのだった。





視界がはっきりとした頃には、赤い軍と白い軍が反対方向に一斉に動き出し、先まで刃を交えていた伊達の二人も既にこの場を去っていた。恐らく竜の右目が謀ったであろうその奇策に、悔しいのと同時に興味を覚える。

「追わなくていい」

まだまだ、今日は"彼女"の披露目の場であっただけ。魔王亡き今、日ノ本でその力を強めている武田や上杉、伊達に豊臣の力を見せしめる為の通過点に過ぎないのだから。

「半兵衛、また要らないこと考えているだろ?」
「・・・いや?ただ、面白いなと思っただけだよ」

口調を戻した秀吉が訝し気な声を出す。くすりと笑って返せば、呆れたように溜息を吐かれた。

「・・・ほどほどにしろよ」

仕方が無いといったように踵を返した彼女は、一足先に戻って行った。半兵衛は遠ざかるこの奇策の主を目で追いながら、さて、と次の策を巡らせていた。

20170904修正



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