不運の星のひと

豊臣には竹中半兵衛の他にも軍師がいるということを知っているひとは一体この戦世に何人いることだろう。嘗ては"両兵衛"と渾名され、彼女を支える二人として名を馳せていたのも最早遠く彼方へ消え失せてしまっている。

「君なんかと一纏めにされるなんて虫唾が走るから止めてくれないか」

彼女の右腕としてその名を轟かせる竹中半兵衛。己には風当たりの強過ぎる絶対零度の冷気を浴びせ、鬼畜が過ぎるこの男は、彼女の隣から悠々と此方を見下ろしながらそんなことを言い放つのだ。そして半兵衛の弟子のようなもので陰険さは更に酷い刑部こと大谷吉継と二人して官兵衛を遠く九州は穴蔵の中に手枷付きで押し込めてしまったのだから全くもって笑えない。しかも鍵は失くしたという。更には彼女が子供のように可愛がる三成までもが官兵衛を粗雑に扱いゴミでも見るような目で見るのだ。昔はあんなに可愛かったのに。お陰で此方は表舞台から忘れ去られ、彼女に会ったのももう年単位で数えたって何年前だか分かりゃしない程となってしまった。だがしかし。

「ふはははは!!!しかし小生は忘れられていなかった!!何てったってあの秀吉直々にお呼びがかかったんだからな!!!」

お前に意見を聞きたいと、彼女から文が届いたのが十日ほど前のこと。こんな機会は二度とないと、張り切りに張り切って大坂までやって来たのだが、まあ不運が標準装備の官兵衛は、ここまで来るだけでもこんなにも時間がかかってしまった。これはもはや仕方のないことだと思う。

「さて・・・秀吉はどこだ?」

遥々九州から態々やって来たのにも関わらず、出迎えのひとつもないとは何事か。まあ、三成の出迎えなんてあった日には槍でも降りそうなので遠慮したいが。取り敢えずうろうろと歩き回ると、男だらけの大坂城には珍しい、深紅の羽織を羽織った後ろ姿が。あれは正しく、

「おーい秀吉ー!」
「・・・?官兵衛じゃないか!」

此方を振り向いて、驚いたように瞳を見開く彼女の姿に官兵衛は思わず感極まる。この美しい主君に会ったのは本当にいつぶりの事だろうか。嗚呼、視界に入れるだけで目の保養。癒される。思わず小走りになった官兵衛に、しかしいつもの如く不運が降りかかる。

「っおわ?!」
「官兵衛っ!!」

彼女の目前でどういうわけだか躓いて、倒れ込むのだが両腕は枷が付いているため上手く支えに出来ずに転ぶ。がしかし、官兵衛に痛みなどはなく寧ろ柔らかいものに顔から突っ込んでいた。

「・・・官兵衛?大丈夫か?」

頭上から聞こえる、痛てて、という彼女の声。これはどういうことか・・・?視界いっぱいに広がる紅色。もしやこの柔らかいものは、

「ああああ、小生はだだだいじょうぶ、」
「秀吉様ッッッ!!!」
「三成、」

ゴンッ!!と良い音を立てて官兵衛の額が今度こそ床と激突する。痛い、痛すぎる。やはり先程の柔らかいものは夢か何かだったのではないか。ぶつけたところを摩りながら身体を起こすと、三成に抱えられた彼女が少し離れた場所から苦笑しながら此方を見ていた。嗚呼やっぱり美人である。久しぶりにこんな美人を見た、と現実逃避は長くは続かない。

「官兵衛・・・貴様・・・ッ」

彼女を抱えている三成が、その御身をそっと下ろしてゆらりと立ち上がる。顔に影がかかり、その瞳が赤く光る…心なしかキリキリと異音まで聞こえる、固有奥義・恐惶の発動である。

「殺す・・・ころすコロス殺す・・・!殺してやるぞぉぉぉォォォ!!!」
「ぎゃあぁーッッ!!何故じゃーッッッ!!!」

サッと飛び退いて逃げる官兵衛を馬顔負けの速さで追う三成。砂煙を上げて遠ざかっていく後ろ姿を見送りながら、今回の騒動の原因?被害者?となった彼女は官兵衛が死なないといいな、と形だけ手を合わせた。南無南無。斬滅されないという選択肢は無い、だって相手は三成だもの。

「秀吉・・・どうしたんだい、?」

遠い目をするしかない彼女が腰を上げようとしたとき、彼女の大事な軍師の半兵衛がそこを通りかかった。あ、決して勘違いしないでほしい、官兵衛が大事でないという訳ではないのだ、決して。ただ半兵衛は彼女の唯一であって、彼とはとても比べ物にならないというだけである。悪気は欠片も無い。

「ちょっと官兵衛と三成が揉めてな」
「それに君は巻き込まれたのかい?」
「いや、そんなことは、」
「じゃあどうしてそんなところに座っているのかな?」
「・・・」

嗚呼、早く立ち上がっておけば良かったか。何かと察したらしい半兵衛がピクピクと米神を震わせていた。彼は彼女の事となるとトンと沸点が低くなる。そして彼女はそんな半兵衛に逆らうことが出来ない、だってお説教は長いと相場が決まっているのだ。

「官兵衛が私を下敷きに転んだんだ」
「へえ・・・そう。秀吉、僕はちょっと用事ができたから。そういえば幸村君が君を探していたよ」
「・・・分かった」

口早にそれだけ告げて踵を返し、半兵衛は三成が薙ぎ倒していった跡を辿って行ってしまった。可哀想な官兵衛。彼の不運は止まることを知らない。

「そういえば官兵衛は何しに来たんだ?」
「どうせまた大谷の旦那でしょ」
「ふはひへほはふ!」
「旦那、口の中に物入れたまま喋らないの」
「ふふ、私の分も食べるか幸村」
「?!」
「あーもー甘やかさないでよ太閤サン」
「何故じゃあーっっ!!!」

嗚呼本当に、不運というか不憫というか。




二万打リクエスト、官兵衛との絡み。彼女に関わると諸々の事情で不運が倍速で増す残念系男・官兵衛さん。でも今回は太閤様のお胸に顔から突っ込んだということで役得だった・・・かな?斬滅×2されるけど。



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