ドタドタと足音を鳴らして帰ってきた三成は、秀吉の元へ再度行かなければならなくなったことに嬉々として出て行ったのとは裏腹に、酷く慌てた様子で戻ってきたので吉継は何事かと顔を上げた。
すると戸口には顔を真っ赤に染め上げた三成が、秀吉に渡す筈だった書状を持ったまま其処に居た。その手に持っている物を感情の余りに握り潰してしまわない事は、流石と言うところだろうかと変な方に思考が働く。
「・・・ヤレ、如何した三成」
瞼をパチパチと瞬かせて、自分を落ち着かせるように深呼吸を何度か繰り返す様子が可笑しい。どうせまた、秀吉に揶揄われたのだろうと吉継は口の端を吊り上げた。
「太閤殿は悪戯が好きよナァ」
ヒヒヒッと喉を震わせる吉継の耳に、ぼそりと呟く三成の声が辛うじて届く。
「秀吉様と半兵衛様は、恋仲なのだろうか…」
はて、とその呟きに瞳を瞬かせたのは今度は吉継の方であった。
「・・・三成よ、何を見た?」
コイコイと手招くと、大人しく傍に膝を付く彼はいつもの様子とは全く違い、まるで借りてきた猫のようである。
「ひ、秀吉様が・・・半兵衛様と、よ、寄り添いあっていた・・・」
「・・・」
この時の吉継の感情を正確に現すのであれば、何だそんな事か、と云うのが一番正しいだろう。けれど初心の三成に悪戯好きの秀吉のこと、三成を揶揄うのが殊更面白いというのは吉継とて同意であった。そしてあの二人の少し他よりも親密なのは何時もの事であるにも関わらず、一向に慣れる様子を見せない三成。そんな事らが相まって、正直にそう口にするのは憚られた。色んな意味で。
「ヒヒッ、太閤殿は賢人殿がダイスキ故ナァ」
「や、やはりそうなのか・・・」
少し衝撃を受けたような、三成の表情に喉の奥が震えそうになるのを堪える。
「ヤレ心配するな三成、太閤殿はヌシの事も、ワレの事もダイスキだと言っておったわ」
何時も頭を撫でられたり、頬を擽られたり、戦の傷の心配をされてはあちこち触られて顔を真っ赤にしている癖に、そういう事は今はすっかり頭に無い三成は、半兵衛が秀吉の特別なのかとあたふたとしているのだ。確かに特別ではあるだろうが、恐らくそういう意味で特別に思っているのは半兵衛の方だけである。
「なッ、わ、私の事も、そう仰っていたのか・・・?!」
もともと一直線にしか物事を考えられない彼は、吉継の予想通りに思考が容量を超えたらしく、目を白黒させて混乱の真っ只中にいるようだった。暫く放置していると、ぷしゅう、と煙を吐いて倒れてしまった三成を横目に、本当に揶揄うには飽きない男だと吉継は喉を鳴らしていた。
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「あ、吉継」
使い物にならなくなった三成を置いて、とりあえず書状だけは届けておくかと腰を上げた吉継が天守にある秀吉の執務室を尋ねると、そこには何時ものように凄い量の書類を捌く秀吉と半兵衛がいた。ふよふよと輿に乗って浮遊して移動する為に足音を出さない吉継が、声をかける前に秀吉はいつも気が付くので、そういえばさっき三成が言っていたような、襖が開けられるまで睦み合っていてそれを見られてしまう、なんてそんな失態を彼女が犯す筈は無いのだった。
「ヤレ太閤殿よ、三成を揶揄うのもほどほどにしやれ」
三成が来ているのを分かっていて敢えて見せたのであろう彼女は、吉継のその苦言にニヤリと口角を吊り上げる。まあ、そう口にしている吉継も口元をにやにやと歪めているのだが。
「真っ赤だったね、三成」
かわい、とくすりと笑う彼女の笑みは妖艶であって、三成が彼女のこれに大層弱い事をよく分かっている。
「・・・秀吉も吉継君も、三成君を苛め過ぎないようにね」
苦笑を浮かべる半兵衛が、この場では一番の常識人のようであった。
「だって面白いしねえ、三成」
「今も容量を超えて目を回しておるワ」
「ふふ、じゃあ後で看病に行こう」
「ヒヒッ、それは良い、良いナァ。ワレも見に行くとしよ」
くすくすと笑う秀吉に引き笑いを堪えられない吉継。この二人を抑える気はほとほと無い半兵衛は、溜息を吐くだけでやれやれ、とまた執務に戻るのだった。
20170904修修正