こんな豊臣軍01

「秀吉様・・・!本日も大変麗しく…!」
「うん、ありがとう三成。いつもご苦労様」
「そんな…!身に余る光栄、恐悦至極に御座います・・・ッ!!」

片付けた政務を持っておずおずと入室してきた三成を待たせ、熱い視線を浴びながらその内容に軽く目を通して確認するという何時もの流れを終えた彼女は、自分の一言一句、一挙手一投足にまで陶酔しながら嬉々とした表情を浮かべて去って行ったその藤色を見送って深々と溜息をついた。

「"アレ"はどうにかならないのかね」

綺麗に音もなく閉じられた襖を見やりながら呆れたように半分独り言を嘆くその声に、傍で書き物机に向かっていただけの半兵衛も顔を上げる。

「無理だと思うよ。彼の"アレ"はもはや信仰だ」

三成の彼女に対する尊敬を超えた傾倒、いや心酔・・・崇拝にも及ぶ想いは、優秀な彼を盲目的にすらしてしまう。それに困っているのは彼女も半兵衛も同じだけれど、けれどその一端を担っている彼女の人誑しこそがそもそもの原因であり、それに気が付いていない彼女も同罪だと半兵衛は常々思っていた。

「崇め奉られてもね・・・死んだら神様にされそうだ」

日ノ本では珍しい、洋風の机に頬杖をついて此方に半目を向けた彼女は、じっと半兵衛を見つめている。その探るような視線に、これは不味いかもしれない、と不自然にならないように顔を背けたけれど、彼女に通用する筈も無く。ふう、と溜息を零した彼女は半兵衛を傍に呼び寄せた。

「なんだい、秀吉」

諦めて席を立ち、何でもないふうに、何故呼ばれたのか分からないという笑顔を向ける。とぼける半兵衛に、眉間に皺を寄せた彼女は立ち上がって机の反対側に回り込んで来た。

「それ、外して」
「・・・」
「はやく」

じっと見上げてくる視線は有無を言わさぬもので、その視線を向けられただけで擡げた反抗心が萎えていく。上に立つ者の威圧感。やはり彼女は日ノ本を統べるに相応しいと、場違いにも思ってしまうから半兵衛も三成の事を言えないのかもしれない。

「・・・やっぱり、顔色が悪い。また寝てないんだろう」

彼女は仮面を外した半兵衛の頬に手を伸ばして、目の下を軽く擦る。目敏い彼女は半兵衛の不調を見逃さない。仮面如きでは騙されてはくれないのだ。

「っ、」

顔色を見終わると、眉間を寄せたまま視線を下げて、そうしてぽすりと、彼女は半兵衛の胸にその頬を押し当てた。正確には、耳であるのだが。それに半兵衛は、息を詰める。

「・・・少し、音が悪いな」

不機嫌そうな声を漏らす彼女は、屹度いま、盛大に顔を顰めているのだろう。けれど半兵衛は、それを気にする余裕も無く、肩の辺りにある頭や、寄り添う暖かな体温や、柔らかい身体や、彼女の甘い香りに、その背に腕を回さぬようにと理性を留めるのに精一杯である。

「半兵衛、無理はするなと、いつも言っているだろう」

きゅ、と胸元が握り込まれて、少し屈む為に丸められていた背が伸ばされて、肩口に頭が寄せられた。切なげな声が半兵衛の名を呼ぶ。嗚呼、彼女にこんな声を出させて、心配をかけて。悲しい思いなどさせたくないのとは裏腹に、その感情を彼女から引き出せる事の幸福を噛み締める。こんな想いを抱いているなどと知ったら、彼女は怒ってしまうだろうか。

「今日は早めに休むようにするよ」
「・・・本当に?」
「他でもない君に、僕が嘘を吐く筈無いだろう?」

誤魔化す事はあるけれど。そう独り言て、彼女の後頭部に手を伸ばして髪を梳いた。淡い茶色の、色合いの通りに柔らかな細い髪は指通りが良く、何時までも触れていたいと思わせる。

「うん・・・そうだった」

すり、と首元に擦り寄る彼女を、愛しいと想い始めたのは、一体いつの事だったろう。

「秀吉様、失礼いたしま、す・・・」
「あ」

掛けられる声に反応する間も無く、視線だけがそちらを向く。音無く開かれた襖の先に、瞳を見開く三成が入室しかけて固まっていた。身を寄せ合ったままの二人も、それに離れるでも無く驚いたままで。
くすり、と頭を寄せたままの彼女が肩口で笑った気配がした。

「し、失礼しましたッッッ!!!」

それを契機に、顔を真っ赤に染め上げた三成は慌てて室を出て行った。何時もはきちんと閉める襖を、開け放ったまま。

「ふふふ、初心なんだから三成は」

楽し気に笑って身体を離した彼女に、半兵衛はハアと溜息を吐いた。

20170904修正



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