虎の子の躾

「伊達軍が、進軍を?」
「ああ。もうじき此処に太閤が来るだろうから、俺様は御館様に、」
「ごめんもう来た」
「はやっ!!!」

奥州から伊達軍が進軍しているとの情報を聞きつけた佐助はまず幸村にその旨を報告に走った。そして次は信玄へと、いまいち状況を整理できないまま困惑している幸村を取り敢えず放っておいて行ってこようと立ち上がりかけたのに、件の話の大筋、彼女…太閤こと秀吉が部屋の襖をスパンと開ききった。背後には信玄と竹中半兵衛も居る。

「何でッ?!俺様のトコにだってついさっき入った情報だよ?!」
「種は蒔いてたし、私の優秀な軍師殿がそろそろだって言うからさ」

狼狽する佐助に不敵に笑う彼女。その横に佇む半兵衛は心なしか誇らしげである。…アンタ、本当にこの人のこと好きだよね、とは佐助の心の中に仕舞われた独り言であった。

「武田領に入る前に進軍を止める。戦場は奥州の領内に留める予定だ」
「アンタ、態々その為に大坂から出て来たの・・・」
「ああ、勿論だ。言っただろう?私は身内に攻め入られるのが嫌いなんだ」

通る為の進軍でも、多少の田畑への被害は免れない。農民の使う道はそこまで太くは無く、行軍に耐えられるような硬いつくりもしていないからだ。事前に事が起こりそうな時期まで予測出来うる優秀な頭脳があるからこそ出来る無茶ぶりだったが、豊臣には正しくそれが出来うる頭脳があるのだ。流石は今孔明と言われた男。そしてそれを余すことなく発揮させられる大将。

「武田軍にも手を貸して貰う事になった。だがな虎若子、今回の伊達政宗の相手は私だ」

伊達軍との戦と聞いて、耳と尻尾があればピンッと立てて勢いよく振っていたであろう幸村が、彼女のその一言で殴られたように固まった。

「なッ!!!伊達政宗殿は某の因縁の相手ッ幾ら秀吉殿と言えども、」
「旦那ッ!!」

食ってかかる幸村を、佐助が焦ったように止める。一将としての幸村に、大将たる彼女に敵の首のことで物申す権限など無いのだ。彼女はそんな幸村を無表情に見つめた後、信玄を一度振り返った。それに分かったように頷き返す信玄は、再び幸村を見据えた彼女の後姿を腕を組んだままジッと見つめていた。

「男の意地だか矜持だか知らないが、そういうのは全部終わったらにしておくれよ。私はそんなどうでも良い事をしに来た訳じゃないんだ。戦の嫌いな私が戦をするんだよ。幸村、言っている意味は、分かるな?」

佐助に取り押さえられたままの幸村の顎を掴み、視線を合わせる彼女は身内に見せる柔らかいものから表情を一転させて、力強い瞳で、有無を言わせぬ迫力を放つ。それは正しくひとの上に立つ者の放つ覇気とでも言おうか、どこか最初の邂逅である川中島を思わせるそれは、間近で接してしまった佐助をも動けなくさせた。吹き出る冷や汗の一筋すら、動くことを許さない。これを直接向けられている幸村は如何ほどのものなのか。それは体験したくはないものである事だけは確かだった。
瞳孔の開いた瞳のまま、彼女の瞳から全く視線を逸らせぬままに、こくりと一つ、幸村が頷いたことでその場は収められた。ホッと安堵が広がる中、普段の雰囲気を再び身に纏った彼女は、力の抜けたように座り込む幸村の頭に手を乗せる。ぴくりと小さく反応してしまう幸村に、苦笑を溢すようにして。

「お前達の戦いは、お前達の戦いでまた別に時が来るさ。だから今回は私に譲っておくれよ。これを乗り越えれば独眼竜だってまた一回り強くなるだろう」

優しく撫でるように動かされた掌は、労いの色すら見せていた。ポンポン、と二度軽く叩いて離れていくそれに、釣られるように顔を上げた幸村と、彼女の視線が絡む。

「・・・今度、某と手合わせして頂けませぬか」
「ふふ、いいよ」

幸村の小さな懇願に彼女は酷く優しく微笑んで、そうして部屋を出て行った。残されるは信玄に佐助、そして撫でられた頭にそうっと触れる幸村のみ。

「ひぁーっ、心臓縮まるかと思った・・・旦那、あの覇気の中、よく動けたねぇ」
「…」
「うむ、天晴れであったぞ幸村よ」

気の抜けたように座り込む佐助に、信玄は労うように二人に笑いかける。けれど幸村は、頭に触れたまま俯くだけで。

「…旦那?」
「…、…」

訝しんだ佐助が声をかけるとのと、幸村が小さく口を開いたのは同時だった。

「…某、精進してみせまする」

決意の籠ったような眼で、顔を上げた幸村に信玄は満足そうに頷いた。

「うむ。良く言った幸村よ!その心、忘れるでないぞッ!!!」
「はいッ!御館様ッ!!!」

そしていつもの如く始まる殴り愛に、佐助はこっそりと身を隠したのだった。

(…ねえ秀吉、何だかすごい破壊音がするんだけど)
(気にしたら駄目だ半兵衛、それより折角甲斐に来たんだから蕎麦でも食べよう)
(・・・きみ、明日出陣だよ分かってる?)



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