北の竜が荒れている

奥州筆頭独眼竜伊達政宗。
北に住まう気高き竜は、あの川中島での邂逅から直ぐにでも豊臣へ攻め入ろうと考えていた。あの尊大な物言いは虫唾が走る程気に食わなかったし、己を下に見られたままではとても我慢出来るものでは無かった。しかし豊臣のいけ好かない軍師に嵌められて右目である小十郎を拉致され、取り戻しに行くと腰を上げれば今度は潜伏侵略により平定した筈の南部、津軽、相馬の三軍同時侵攻。身動きを取れなくなったところにさらに会津から蘆名の進軍を受け、伊達軍は疲弊していた。兵達だけでなく政宗本人の困憊も激しく、何とか抑え込んだもののその身は倒れ、暫くの休養を余儀なくされていた。

「政宗様」
「…」

摺上原から次に目を覚ました政宗の視界に入ったのは見慣れた天井と、そして姑息な軍師に拉致されていた筈の己が右目であった。

「小十郎ッ?!」

ガバリと身体を起こして、思わず蹲る。身に受けた傷の回復にはまだ遠かったようで、突然無理に動かした所為で軋むように痛みが走った。

「あまりご無理をなさいませぬよう…この小十郎、大変な時にお傍に在る事が出来ず各なる上は如何なる処遇も、」
「stop.小十郎、…無事で良かったぜ」
「はっ」

申し訳なさを全身に溢れさせたこの愚直な男が己の失態をその身で返そうとするのは何時もの事。いい加減自分の身の重さも分かってくれと思わずにはいられないが、それも分かった上で言っているのかもしれないと込み上げるのは笑いだけだった。これで伊達軍は立ち上がる事が出来る。此処まで追い詰めた豊臣に報いる為、大坂に攻め入りあの山猿をぶちのめす。

「…ところで小十郎、お前、どうやって逃げてきたんだ?あの竹中って男はそんなに手緩い奴じゃねェだろう」

周到に準備を進めてから穴の無い策を揮うタイプだろうにと、浮かんだ疑問を口に出せば隣に座していた右目は言い辛そうに唸る。

「実は・・・、」
「Ah-n?何だよ、早く言え」

口に出して良いものかと、開閉させたまま黙り込むそれがまどろっこしい。急かすように視線を向ければ、小十郎は視線を泳がせた後、意を決したように顔を上げて政宗を真直ぐに見つめた。

「実は、豊臣秀吉に連れ出されまして」
「は、?」

そしてその口から出て来た名は、信じられないものだったのだ。



「あの女、川中島での物言いとは裏腹にかなり気安い女で、その上かなり民からの信頼も厚い様子でした。大坂の民を宝だと言い、戦は嫌いだと宣い。そして竹中の非を詫びた上で、この小十郎に奥州へ帰れと、」

餞別にと馬まで用意し、追手も見張りも付けずに野に放たれたという。

「・・・一体どういうことだ、小十郎、お前化かされたんじゃねぇのか?」
「いえ、あれは豊臣秀吉本人でした」

あの堂々たる威風はそのまま気易い物言いの中に仕舞われていた。あれが影武者や、ましてや忍の変化の筈が無い。

「It's crazy.」
「…豊臣は、戦の無い世をつくるつもりで居るようです」

とても信じられないが、それが己の右目が見た、豊臣なのだ。

「……ちょっと整理させてくれ」
「御意に」

頭を抱えた政宗に、小十郎はそっとその部屋を辞したのだった。





明くる日、やっぱり陣振れをした政宗に、小十郎は呆れとも納得とも言えぬ溜息を吐いた。大坂を出る直前、美味しい朝餉まで用意して出立の支度を整えてくれた彼女の、言った通りになったからである。



「あれはまだ若い。自領の為、良き主で居ようとしているのは分かるが、いかんせんまだ己の欲に勝てていない。虎若子との事も、その一つだろう。あれは屹度、お前が私が戦をするつもりが無いと言っても攻めてくる。そして私は、私の身内に攻め入る輩に容赦をしない。木端微塵にぶちのめすが、良いな?」
「…手加減してくれると、助かるがな」
「それは出来ない相談だな。私は他人にはとても厳しいんだ」

そう言って彼女は、縁側の上から小十郎の頭を撫でた。

「あれが輝宗のようになるにはまだかかるだろう。一度何かに敗れてみるのも良い筈だ。お前がいれば、大丈夫だろ」

フッと優しく笑ったそれは、慈母のような慈しみさえ感じさせるもので、小十郎は瞳を見開いた。他人等とのたまいながら、手のかかる子供の躾をするような物言い。もはやそれは身内じゃないかと、言えずに小十郎は視線を落とした。

「…輝宗様を、知っているのか」
「ああ。アレとは気が合ったんだ。お前達は知らないと思うがな」

言う必要も無い、そう言って遠くを見つめた彼女の横顔を見て、小十郎は些か首を傾げた。

「気が合うって・・・お前ェ、歳が、」
「ふふ、この間もそんな話がどっかで出たが、お前達、私を一体幾つだと思ってるんだ?」

にやりと上げられた口角が、悪戯気に笑っていた。



「政宗様」
「悪ぃな小十郎。豊臣秀吉がどう考えているのであれ、まずは借りを返してからだ」
「…この小十郎、どこまでもお供致すつもりなれば」
「All right.背中は任せたぜ」

馬上で不敵に笑う独眼竜。この方の歩みが止まらぬよう、支え尽そうと小十郎は決意を新たにした。



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