鬼ヶ島へ鬼退治?03

富嶽の中に入っていく元親の背を追う。中は隠し切れない機動部の歯車が噛み合っていて、中々に魅力的な空間だった。そっとそれらに触れようとする元就を手を引いて往なしつつ、ごちゃごちゃとした男所帯っぽい散らかり具合をひょいひょいと避けて進んで行った。

「・・・で、四国を攻めてきたお前さん達が、戦はしねぇってェのはどういう事だい」
「私はさ長曾我部、戦が嫌いなんだよ」

碇槍を担いで胡座をかく彼は、その巨体も相まって堂々とした威風が酷く様になっていた。挑戦的な右目はギラリと秀吉を見極めようと輝く。元就にただの鬼ヶ島の阿呆鬼だと聞いていたが、これはとても良い国主であると己の第六感が言っている。そして何より、こいつとは絶対に気が合う、とも。

「築き上げてきたものを一瞬で駄目にしてしまう戦じゃなくて、民の生活を守る為に時間も金も、そしてこの身も使いたい。私は自分の作ってきたもの達に、身内に手を出されるのが嫌いだ。だから、外から攻めてきそうな奴らは片っ端から丸め込みたいんだよ」

口の端を吊り上げたまま此度の遠征の理由を話す。けれど彼は彼女のそれと元就が噛み合わないようで、眉間に皺を寄せた。

「毛利はそれに賛同したってのかよ」
「我は元より安芸の安寧以外に興味は無い」

そんな元親の訝しげな声にフン、と顔を逸らす元就は、元親と仲良くする気は欠片も無いらしい。まあ己か誰かが間に入ればどうにかなるだろうが、そんなに嫌がらなくても良いだろうに。

「元就は隙あらば天下を、って気持ちもあったみたいだが、今後は私がそれはさせないし、そんな事をしたら返り討ちで安芸そのものを危険に晒す。こいつはそんな馬鹿な事はしないさ」

顔を背けたままの元就の頭を撫でると、彼は満足そうに息を吐いた。こいつは頭が良いぶん、言葉が足りない所が難しい。そしてそれを分かってくれない奴に言葉を尽くそうとはしないから、冷徹な面ばかりが表に出る。けれど本人は誰よりも自国の事を思っている、こちらも良い国主だ。じゃなきゃ自分の事まで駒の一つだなんて考え、そもそも生まれもしないだろう。
そんな彼女と元就の様子に、元親は瞳を見開いていた。あの毛利元就が他人の言う事を聞いているというのは些か信じ難い光景で、何度か瞬きを繰り返すがどうやら幻覚では無いらしかった。

「お前にして欲しい約束はたった一つだ。私の身内に攻め込まないこと。私は身内に手を出されれば容赦はしない。生憎他人はどうでも良いタチだからね」

人差し指を立てて、元親の右のひとつ目を見つめる彼女の紅色の瞳。その眼光に迷いは無く、ただ真っ直ぐに元親を射抜く。その信念の強さに、志に、惹かれるなと言う方が無理がある。

「貴様の身内は範囲が広すぎる」
「なに元就、気に入らないか?」
「フン、我は海賊なんぞと一括りにされとう無いわ」
「ふふふ、悄気るなって!」
「悄気てなどおらぬわ!!!」

この女の“身内”に含まれてみたいと、思わせてしまうだけの魅力が彼女にはある。
最近その勢力を上杉や武田にまで広げた彼女に囁かれる"覇王"の他の渾名"人誑し"の異名の由縁はこれであったかと納得をした。あの稀代の名将達が折れたのだ、どんな武を見せつけたのかと恐れられ、しかし内情が分かってくるとどうやら上杉も武田も自領は各々の管理のまま変わらないらしいと。ならば何故豊臣と組んだのか、もしやその豊臣を認めたのか、あの名将達が。そんな信じられないような話が、囁かれつつあったのだ。そしてそれは、真であった。

「豊臣秀吉」
「何だ、元親」

彼女の名を呼ぶ。じゃれついていた元就を離して居住まいを整えた彼女は、満足そうに柔らかく瞳を細めて元親の名を呼んだ。嗚呼、これは良いな。癖になりそうだ。満たされる心地に、元親は口の端を吊り上げた。

「うちの輩は荒くれ者ばかりだ。一筋縄でいかなくて泣きべそかくんじゃねぇぞ?」
「ふふふ、元より承知の上だ。うちにも癖の強いのはわんさかいるからね。手のかかる子ほど可愛いもんさ」

差し出した手を握る手のひらは、驚くほどに小さかった。この小さな手が、いまこの日ノ本を束ねようとしている。しかも、最善に近い方法で。こんなに小さくて直ぐにれてしまいそうなものが。込み上げてくる感動というのか感激というのか、そういうものの衝動のままに、元親は彼女の肩をガシリと掴んで外に連れ出した。

「元親?!」
「何をしておるチクビ!!」

船を見渡せる場所は何時も出陣の鬨を上げる場所。そこに出ると、何事かと見上げる男達にニンマリと笑った。

「野郎共ッ!!!俺はこの豊臣秀吉の志に感服した。コイツはこの細っこい腕で日ノ本をひとつのデッケェ家族にする気でいるんだ、手ェ貸してやろうじゃねェか!!」
「「「アニキィィィィィッ!!!」」」
「今日は宴会だッ!!適当に片付け終わらせて毛利も豊臣もみんな上に上げてやんなッ」

盛り上がる長曾我部軍に、状況を呑み込めた秀吉も口の端を吊り上げる。この暑苦しいまでの男達も、嫌いじゃない。生きの良い身内が増えたもんだと笑った。

20170519修正



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