うぐいす、なく

  審神者が消えた。

何とか均衡を保っていた離れの気配は、その身から穢れを撒き散らす審神者と、神格の高い三日月の神気とで絶妙に成り立っていた。其れが、石切丸が気が付いた時には、三日月の気が酷く霞むほどに小さくなり、審神者は自らの瘴気に当てられてもがき苦しみ、助けを求めながらなんとか這いずってゲートの向こうへと消えて行った。きっともう、あれが此処へ戻る事はないだろう。この隔り世から離れてしまえば、もう、人としての形を保ってもいられない筈だ。
諸悪の根源は、自らの首を絞めるようにして呆気なく消え失せた。そして残された我らは、漂ったまま消えることの無い瘴気と穢れに取り残されて、更に蝕まれて朽ちていくしかないのだろう  それを覆すような"何か"が現れない限り。

その強い力は、唐突に現れた。

転移門の方角ではない。これは、かつての審神者の私室である離れ  あそこは特に穢れが酷く、審神者が居なくなった後、まだ動けた何振りもが三日月を助け出そうと手を尽くしたが、凄まじい瘴気を前に、結局近づく事が出来ずに諦められていた場所だった。そんな場所に、黒ずみの中に清浄な雫が一滴垂らされたかのように、じわりと強く清い力が広がる。
何事かと顔を上げ、自室から転がり出るようにを飛び出したのは、そういった気配に聡い、神事に根深い石切丸、太郎太刀、次郎太刀という面々だった。

「これは・・・」
「凄まじい力だ。一体なにが…」

痛む傷を抱えながら顔を見合わせ、口々にそう呟きながら、三人の視線は一心に離れを見つめていた。審神者がいた頃は見るのも嫌だったあの場所が、今は気になって仕方がない。何か凄まじく清らかなものが今、彼処に在る。

スパン、と音を立てて開かれた障子戸から現れたのは、青い狩衣の長身の男を肩に担いだ、紅い羽織の長髪の女の姿だった。



「あれは・・・み、三日月っ!?」

思わず声を上げたのは、これまであの穢れの中から助け出す事の叶わなかった同派が、粗雑な抱えられ方をしてそこに居たからだった。思わず駆け寄ったが、穢れたこの身で腕を伸ばして良いものか迷う。その逡巡に気が付いたのか、女はそのまま三日月を支えながら、此方へ顔を上げた。

「すまないが、こいつを寝かせる場所が欲しい。出来るだけ穢れの少ないところへ案内してくれないか」

力強い瞳に、他意は感じられなかった。それどころか、石切丸に分かるのは彼女の霊気がとても清く澄み渡っていると言うことだけ。拒絶する理由もなく、かと言って手を差し伸べることも出来ずに、女へついてくるように告げて自室への道を戻る。太郎太刀と次郎太刀、そしていつ顔を出したのか、にっかり青江がその後ろから興味深げに続いていた。

  此処へ」
「みかづき!!」

三条の刀剣の集まる部屋へ辿り着くと、今剣が駆け寄って来る。褥に三日月を寝かせる女の姿に困惑してはいたものの、部屋の隅で動けぬまま此方を見ている岩融も同様に、石切丸や他の刀達が無言で制したのを見て、一先ず様子を見る事にしたようだった。
女は三日月の横へ腰を下ろすと、その手をそっと持ち上げて握ると、こちらへ顔を向けた。触れた先から、霊力を流しているらしい。

「こんな格好で失礼するが、こうして暫くすればコイツも起きると思うから少し辛抱してくれ」
「それは別に構わないけれど…あなたは一体、」

石切丸が尋ねると、女はまず"己はこの世のものではない"と宣った。揺蕩っていたところを夢伝いに三日月に引っ張り込まれて此処にいるのだと。そこで三日月と、そして三日月の同胞達を助けるという約束をしたという。

「大凡の事は把握している。私が此処に現れれば、状況は好転する筈だと三日月は言っていたのだけれど…いかんせん、私は霊力なんてものを意志を持って扱った事が無くてね」
「待ってくれ、貴方は霊魂の類なのかな?」
「嗚呼、うん  恐らく、神格を得ている途中の存在、といったところだと思う」

十二分に生き、命を終えたと思っていたら、臣下に祀り上げられたらしく、意識だけで存在していた。人の枠を超えたこと、守ってきた人々の祈りのようなものがこの身に力となって流れ込むのを感じて、信仰を集めているらしいと理解したこと。そうしてただ存在していた己に、助けを求めて縋った手があったこと。そうして彼女は、此処へ来た。
彼女の話を聞いて、そこに嘘偽りの無い事を見抜いて、石切丸は肩の力を抜いた。恐らく彼女はこれから、時間をかけて神威を積み重ねていくのだろう。付喪神である己らよりも高い神威を得るであろう、神に成る器として。三日月宗近の願いを叶える事は、そのために必要な約束になっている。ならば、この凄まじい力が、己らに害を成す事は、きっとあり得ない。

基より  この目の前の元人の子は、お人好しな性分なようであるし。

「うん、理解した。すべては三日月が目を覚ましてからが良いだろうが  私は貴方に従う事にするよ」
「私も異存ありません」
「はいはーい!兄貴が従うならアタシも」
「僕も貴方にならこの身を任せても良いよ」

石切丸の言葉に追随するようにして御神刀、霊刀の面々が続くと、彼女はぱちぱちと驚きを浮かべて瞬いた後、ふわりと花が開くように微笑んだ。



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