その週の土曜日。さっそく赤井兄妹は千歳の部屋を訪問していた。
「ちょ、千歳さん、まだ段ボール残ってるの?!」
もう引越してきてから三ヶ月超えてるよね?!と驚きの声を上げる真純に、キッチンから苦々しい千歳の声が届く。
「片付け苦手なんだよ・・・つい後回しにしちゃうんだ」
降谷にもいつも言われているのだが、彼が来る時は大体疲れ果てているから、やろうか?と言われても遠慮してしまうのだ。そんなことは良いから、ゆっくりして欲しいと思ってしまう。だからあまり気にならないように布を掛けていたのだが、そこは無遠慮な彼女のこと、ガバリと捲ってしまった次第であった。
「真純・・・」
「わ、でも、大したことないじゃん。僕片付けてもいい?」
「え、真純ちゃんほんと?お願いしていいの?」
「いいよー!代わりに千歳さんは、美味しいオヤツね」
「了解」
願ってもない申し出に、驚いて真純の元へ駆けていく。申し訳なさげにお願いすれば、ウィンクと一緒に可愛いおねだりが帰ってきた。
「千歳さん、僕あれがいいな。この間くれたやつ・・・チョコがとろんて出てくる…」
「フォンダンショコラね」
材料あったかな、と戸棚を漁る千歳は、困ったように眉を下げた。
「チョコ無いや。買ってこないと・・・秀一さん、真純ちゃん、俺ちょっと買い出し行って来ます」
「俺も行こう」
「いってらっしゃーい。秀兄、僕、コーラね!」
「…わかった」
秀一が車を出してくれると言うのでそれに乗り込んで、普段はあまり行かない高級スーパーへ。チョコレートと生クリームと、ついでに冷凍のベリーもカゴに入れる。お昼ご飯は既に下拵えをしてあるけれど、せっかくだからもう一品…と品揃えを見ながら考えている千歳に、赤井が喉を震わせた。
「…何笑ってるんですか」
「いや、すまない。きみが余りに楽しそうだったものだから」
クックッと喉を震わせる赤井を、千歳が睨み上げる。全然凄味のないそれは、多少ある身長差によって上目遣いになっており、正直、ただ可愛いだけであった。
「・・・ひとを家に呼ぶの、好きなんです。誰かの為に、何かを作るのも。喜んで貰えるのが嬉しくて」
「そうか…きみのお菓子はいつも美味しいと真純が言っていた。俺も楽しみにしている」
目元を少し赤く染めて、恥ずかしげに俯く千歳に内心身悶えながら、彼の髪を梳く。なんでこの男はこんなにも可愛いのかと、口の端が上がりそうになるのを何とか堪えながら、照れてこくりとひとつ頷いただけで先へ歩いて行ってしまった彼をゆっくりと追った。
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「ただいま」
「おかえりー」
ただいまを言ったのは久しぶりな気がする。そんなことをふと思って口の端を緩めながらリビングに入ると、隅に二つあったはずの段ボールが平らになっていた。
「千歳さん、こんな感じでいーい?」
中に入っていたのはリビングの棚を飾る筈だった細々した置物と、気に入りの本と、それから滅多に見ないテレビと映画のDVD。ほぼ必要に迫られなかったそれらは、真澄のおかげで漸く収まるところに収まっていた。
「テレビの配線もやってくれたの?」
ソファに踏ん反り返りながらテレビを見ていた真純は、感嘆の溜息を吐き出す千歳にニッと八重歯を見せて笑う。
「僕こういうの意外と得意なんだ」
「本当に助かったよ。ありがとう」
見上げてくる真純がどうも小動物のように見えてしまって困る。微笑ましい気持ちを抑えて彼女の頭をぽんぽんと撫でると、はやくご褒美をつくってあげねばとお菓子の準備を始めた。
「・・・なあに、秀兄」
「・・・いや、?」
リビングでは兄妹がバチバチと火花を飛ばし合っていたなんてことは、知らぬまま。