それは底なし沼のような

あの後、日本酒を開けた千歳に付き合って彼の家で晩酌をした。話は尽きずに、かなり気の合うことが分かって更に意気投合したことはお互いにとってとても嬉しいことだった。

「おかえりなさい」
「ただいま、千歳くん」

降谷の仕事が早く終わる日は、だいたい千歳の家で夕食をとるのが恒例になってきた。不定期で忙しくなる仕事だったが、終われば彼の美味しいご飯が食べられると思うといつもよりも気合いが入ったし、疲れて帰ってきて、最近忙しくて千歳に会えていないと落ち込んだタイミングで、ドアノブに差し入れが下がっていることもある。もう最近の降谷の癒しは千歳だと言っても良いくらい、彼は降谷の安寧の端から端までを占めていた。

「また隈できてる」
「三徹したんだ・・・」
「え、じゃあご飯より寝ないと駄目ですよ。軽くシャワーだけ浴びて、もう寝たら?」
「千歳くんのご飯・・・」
「明日の朝食べれば良いでしょう、ほら、お風呂使って良いから」

今回は特に忙しくて、本当にへろへろになっていた降谷は、彼の家に入るなり、迎えに出てくれた千歳に甘えるように凭れかかる。そのままずるずると引き摺られて、スーツのジャケットやネクタイをぽいぽいと脱がされた。されるがままにぼんやりと部屋を見渡せば、もうあれから随分と経ったのに彼の部屋には未だ段ボールの箱が隅に積みあがっていて、片付けが苦手らしい彼の部屋のこの光景も久しぶりだなと変な感覚を味わっていた。

「はい、お風呂で寝ないでね?着替え置いておくから」
「わかった・・・」

洗面所に押し込められて、仕方なく服を脱いで浴室に入る。まだ湯気の立つ湯舟にはお湯が張られていて、最近ではお風呂までよく借りるようになってしまっている事に少し情けなさを感じた。千歳には甘えてばかりいる。どういうことだか、それは最初からなのだ。
彼の雰囲気がそうさせるのか、面倒見が良すぎるのか。よく気の付く彼は、そっと足りてないところを補ってくれる繊細さを持っている。痒い所に手が届く、と言おうか、その充足感は一度味わうと手放せなくなってしまうようなもの。だからズルズルと甘えたまま、どんどんその泥濘に入り込んでいる。底なし沼のような、彼の優しい領域の中に。

「降谷さん、起きてる?あんまり長湯すると疲れちゃうよ」

コンコン、と浴室のドアを叩く音でハッと我に返る。かなりボーっとしていたようだ。

「もう上がる」
「はーい。軽めのご飯あるからね」

くすくすと笑いながら離れていく声に、ああ本当に至れり尽くせりだと思う。彼には何も返せていないのに、ずっとただ優しさだけを享受していることに、何だか申し訳ない気持ちになるのだが。けれど彼は、一緒に過ごしてくれることが嬉しいと、そう言ってくれるから。





風呂から上がって用意されていたのは具の多めな雑炊だった。疲れた胃に優しく、けれど物足りなさを抑える為に具は多め。柚子の香りが食欲をそそる。降谷に合わせてくれたのか、彼の食事も同じもので、足りなくないのかと問うけれど雑炊は好物なのだと千歳は微笑む。嗚呼もう、本当に、彼は俺に甘すぎるのではなかろうか。

「明日は少し遅いんでしょう?泊まっていく?」

朝食もどうせ家で食べるのだからと、更に降谷を甘やかす千歳に逆らえる術も無く。布団はないからとソファで寝ようとする彼をベッドに引きずり込んで、男二人で一緒に眠るのはもう何度目か。少しすっ呆けているというか、千歳は存外そういうことに鈍いらしく、降谷が彼を抱き締めてもそういう反応を示したりしないのだ。

「千歳くん、俺のこと、そろそろ名前で呼びませんか」
「え、うん?別に良いけど・・・えっと、零さん?」

お風呂上りの体温を冷ましている彼を見上げながら、そんな願いを乞うてみる。小首を傾げながら呼ばれる名前に、破壊力万点だとのた打ち回りたいのを堪えて。布団に入ってくる彼を抱き締めて眠る。小さな寝息が聞こえてくる頃に、彼の額に口付けをひとつ。

「千歳、」

嗚呼、だめだ。好きだ。
口から零れそうになる言葉を熱い吐息で誤魔化して、千歳のつむじに顔を埋めながら瞼を下した。



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