降谷さんと夕ご飯

麹に漬けた魚と、茄子と茗荷の味噌汁。それから小松菜の煮浸しと、蕪の浅漬け。大皿で作った茶碗蒸しを温め直して取り分けて、魚の香ばしい匂いが漂ってきたところで家のチャイムが鳴った。
きっかり一時間、律儀な人のようである。

「どうぞ」
「…お邪魔します、」

遠慮がちに入ってきた彼は、これ良かったらと、ツマミになりそうなナッツを持ってきてくれたので有り難く頂いて、皿に出してテーブルに運ぶ。手持ち無沙汰に部屋を眺める彼にイスを勧めて、焼き魚をグリルから取り出して味噌汁を盛り付けた。

「すみません、まだ片付いていない部屋なんかにお通しして」
「いえ。・・・美味しそうですね」
「お口に合えば良いのですが。頂きましょうか」
「いただきます」

丁寧に手を合わせて食事に手をつける彼を、ビールを注ぎながら観察する。味噌汁を飲んでホッと息を吐く様に表情を緩めていると、恥ずかしげに視線を向けられた。

「こんなにきちんとしたご飯、正直久しぶりに食べます。今日はお誘い頂いて本当にありがとうございます」
「いえ。俺もひとりで食べるのは寂しかったので、来てくださって嬉しいです」

ひとりの食卓はいつも味気なくて、折角料理を作っても食べるのは自分だけ。美味しいはずなのに、それを分かち合う相手が居ないというのは寂しいことだ。

「あの、降谷さん、俺より歳上ですよね?もっと楽に話して頂いて構いませんよ」

この人と仲良くなりたいな、と思わせるのは何なのだろうか。彼の偶に緩められる表情だとか、柔らかな人当たりだとかそういうところ?少なくとも未だ好感しか抱いていないこの人を、もっと知りたいと思ったのだ。

「・・・貴方は不思議な人だ」

そんな千歳の小さな願いに、彼はまた表情を緩めて、今度のは緩んだだけじゃなく、微笑みに変わる。綺麗に笑う人だと、その表情に釘付けになった。

「するするとこちらの領域に入り込んで来るのが、まるで不快じゃない。優しいのに変に押しつけ過ぎず、けれど些か大胆でもある。普通、初対面の男を夕食に誘ったりしたら下心がありそうなものなのに、そういうのは一切見受けられない」
「俺、男ですよ?」

下心なんてそんな、とくすくすと笑う千歳に頬を緩めながら、降谷はこんなに穏やかな気持ちになるのは久しぶりだと感じていた。彼のこの不思議な引力に引き寄せられるように、もうこれまでの間に、彼のことをもっと知りたいと思っている。柔らかな笑顔には触れてみたいし、無防備なところに付け込んで、その先まで知りたいと心の底が疼く。

「(・・・下心が湧きそうなのはこちらの方だな)」
「え、?」
「なんでもない」

取り敢えずどうやってこの関係を繋いでいくかだと、美味しそうに食事をする彼に微笑みかけた。その表情を見ているだけで幸せだと、そう感じているのには、今はまだ知らないふりをして。



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