お隣さんはご多忙なようです

反対隣の503号室には、何度か行ったものの何時も留守であった。挨拶は不要と居留守を使われているのかと思ったが、早朝や深夜に僅かに物音がするのでかなり忙しい仕事をしているようだ。そんなひとに時間を取らせるのも悪いと思い、書き置きを入れてドアノブに引っ掛けておく事にした。
次の日の朝、出掛ける時に見てみると昨日引っ掛けておいた紙袋は無くなっており、良かったと頬を緩める。隣に住んでいるのだから、いつか顔を合わせるだろう。その時にもう一度挨拶をすれば良いと、そう思ったタイミングが真逆その夜巡ってくるとは思わなかったが。





夕方まで作業を続け、預かっているデータに目処がつく。メールを打って夕飯の支度をして、明日データを持って行く事を先方に伝えて調整のやり取りを数度する。これで今回の仕事は終了、と結構大きな物件だった為達成感も大きく、直しが少ないといいなあと思いながら、今日くらいお酒でも飲もうかと思い立つ。夕飯の前に買いに行こうと財布だけ持って家を出ると、お隣の…会えていない503号室の、主が帰宅したのとは同時だった。

「「あ、」」

お互い声を発して、驚いた顔から、千歳は頬を緩める。

「おかえりなさい。隣に越して来ました、諏訪部です」
「503の降谷です。・・・すみません、いつも部屋に居なくて」

ぱちりと瞬いた表情が案外幼いものの、着ているスーツや靴の質が一流で、そこそこの年齢を思わせた。恐らく歳上だろう。申し訳なさげに頭を下げる彼に慌てて、気にしないでくださいと何だかこちらが申し訳ない気持ちになった。

「今日はお早いんですね」
「ええ、仕事がある程度目処がついたので」
「そうなんですか。実は俺も丁度さっき片付いたところで。これから晩酌でもしようと思って、」

そこまで話して、ぐう、と腹の虫が鳴る。自分かと思ったが、恥ずかし気に頬を染めてお腹を抑える降谷を見て、彼の方が鳴ったのかと頬を緩めた。

「もし良かったら、家に上がって行きませんか?ご飯の支度、済んでるんです」

幸い料理は多めにあるし、少なくとも二週間近く殆ど寝るために帰宅して居たような彼のこと、まともな食事も用意していないだろう。鞄と一緒に下げているスーパーの袋には、携帯食料のようなものしか見受けられない。そう思っての提案だったのだが、初対面で少々馴れ馴れしかっただろうか。固まったまま動かない彼は、瞳を見開いたままこちらをマジマジと見つめている。

「すみません、お疲れで直ぐに休まれたいですよね…」
「あ、いえ、そうではなくて・・・すみません、ご馳走になっても、よろしいでしょうか?」

彼が断われるように紡いだ台詞は、慌てたように返される。少しだけ頬を染めて俯いて、それからもう一度こちらを見上げる瞳に、不覚にも可愛いと感じてしまった。相手は年上だろう男性なのに。

「良かった、是非どうぞ。…ゆっくりシャワーでも浴びられてから、いらしてください。俺はこれからちょっとお酒でも買ってくるので」
「分かりました。ではまた後ほどお伺いします」
「はい。だいたい、一時間後くらいを目安にしましょう」
「はい」

そう言って部屋の前で別れて、エレベーターの中。久しぶりに誰かと食べる食事に浮かれている自覚があって、また頬が緩む。ご近所さんがどちらも良い人で、世代が近くて仲良くできそうだなんて、何だかとてもツイている。まだ時間もあるし、もう一品ツマミでも付け足そうとスーパーへ向かった。



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