お隣さんはご兄妹

大きな荷物の運び込みも終わり、必要なものだけを箱から取り出して最低限の生活を整える。当面の衣類、ベッドと布団、水回り。それからパソコンとデスク周りに、必要な書類や本だけ並べてしまえばあとはゆっくりと少しずつ片付けを進めれば良いだろう。
凝った肩首を回して、都会と言えどもせめて両隣くらいはと、服装を軽く整えて挨拶用に買ってきた菓子折を持った。

502号室。それが千歳の住む部屋である。そこそこの広さを有する2LDKで、寝室と仕事部屋とリビングを分ける事が出来る為かなり気に入りの間取りである。在宅ワーカーの彼にとって生活と仕事を切り離すのは大切なことで、それが出来る部屋を見つけられたのは運が良かった。部屋数の少なめなマンションは階に3部屋しか無く界床も厚い為、挨拶は両隣だけで良いと判断したのだ。

ピンポーン

『はーい』
「あ、すみません・・・隣に越してきた諏訪部と申します。ご挨拶をと思いまして…」
『ああ、お隣の!いま出まーす!』

元気の良い返事に頬を緩める。若い女の子の声であった。家族で住むには少し小さめな部屋だろうから、大学生でルームシェアとか、彼氏と同棲とかなのかもしれない。そんな事を考えていると、ガチャリと玄関のドアが開いた。

「すみません、兄がなかなか腰を上げなくて、」
「あ、いえ。お忙しいところすみません」

中から出てきたのは思いの外若い女の子であった。兄、と言っていたから兄妹で住んでいるのだろう。
短めの髪に、パンツルックでかなりボーイッシュな女の子である。瞳が翠色で、何処かシュッとした顔立ち。海外の血が混じっているのかもしれないな、とマジマジと見つめられながら考える。何か変なところでもあっただろうかと小首を傾げるのと、奥からお兄さんが出てきたのは同時だった。

「…」
「あ、どうも。隣に越してきた諏訪部千歳です」

再びジッと見つめられて、狼狽える。何なのだろう、このご兄妹。ひとを見つめるのが癖なのだろうか?
成る程、兄妹と言われるのも頷けるほど、二人は似ていた。少し癖のある黒髪と、翠色の瞳が同じ。目鼻立も面影がある。二人とも整った、美男美女な兄妹だなあと思う。年の差があるようなので、お兄さんの方はほぼほぼ保護者といったところだろうか。

「あれ、それ駅前のセ・クレールのクッキーじゃないかっ!!」
「え、あ、そう、美味しそうだったから…どうぞ」
「わー!ありがとう!!君、気が効くなあ!」

すっかり見つめ合ってしまっていたお兄さんの視線から逃れられたのはそんな彼女の一言から。それに気が抜けてクスリと笑って差し出すと、彼女はぽかん、と千歳を見つめた。

「・・・きみ、何だかカッコいいな」
「え、ありがとう?」

突然褒められた事に照れていれば、彼女の後ろから腕がゆらりと伸びてくる。
驚いて身を引こうとしたが、その前に指先が頬に触れる。

「ん、・・・あ、あの…?」
「諏訪部くん、と言ったか」

低い声が耳を擽る。わあこの人、声までカッコいいなと場違いな思考を働かせていると、妹さんの方がその腕を叩き落とした。

「ちょっと秀兄、初対面の人に何やってるのさ!」

ちょっと諏訪部さんがかっこいいからって、と憤慨する彼女は、ごめんねと謝ってくれるのでふるふると首を振っておいた。

「僕は真純。そしてこっちが、」
「赤井秀一だ」

彼女の声を遮るようにお兄さんが自分で名乗る。何だかよく分からない邂逅だったが、世代が近そうなのもあり、仲良く出来そうだと思った。

「真純ちゃんに、秀一さんですね。今後ともよろしくお願いします」

にっこりと微笑んで、ではまた、と部屋を去った千歳には、その後玄関先で彼らが暫く固まっていたことなど思いもよらなかった。

(ちょ、秀兄いまの聞いた?!あの人、初対面で僕に“ちゃん”付けしたよ!!)
(諏訪部くんか・・・)



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