05

暗い路地裏を歩く。
黒いパンツに、黒の首元まであるコート。男の髪は真っ黒な濡羽色で、装いとともに全身が黒づくめ。白い肌だけが、仄暗く暗闇に浮いていた。

「何か、言い残すことは?」
「た、たすけ・・・っ」

ピシュッ

「助けては無理だな」

軽く響いた音は、サイレンサーをつけた銃声だった。再び路地裏を静寂が包み、千歳は溜息を吐いて拳銃を仕舞った。こういう仕事は嫌いなのに、本拠地とは離れた日本でひとりきりでは、何もかも自分でやるしかない。仕方ないと横たわる男の懐を探っていた千歳は、さっきから此方を伺って居た気配が近づいてきたのを感じて背後をゆっくりと振り返った。

「こんばんは、安室さん」
「な、ぜ、きみが・・・」

笑顔をつくって見上げる。茫然とただ目の前の事実が信じられないと瞳を見開く彼は、やはり千歳のことを何も知らないようだった。それはそうだろう。"諏訪部千歳"の経歴に、嘘など一つも無いのだから。千歳は嘘をついてはいない。全てを話していないだけ。そして千歳と安室は、全てを話すほど親しいわけではないということだ。

「バーボンとは、初めましてだね」
「ッ、本当にきみは・・・一体なにもの、」
「ここでは、話せないかなあ」

今晩の安室は、千歳と同じような"黒"の格好をしていた。いつも千歳に見せるものでも、最初に会ったときのスーツでもない。彼の三つめの顔。その顔では、安室は千歳を咎めることもできない。

「ちょっと待ってね。こいつ縛るからさ」
「・・・どういうことです、」

千歳の言葉に一瞬息を詰めた安室が、足早に近づいてくるので千歳は己の所為で見えなかっただろうと横にずれ、壁に凭れる男の姿を安室に見せてやった。先ほど千歳が"撃った"その男は、今はぐっすりと夢の中である。

「こいつウチの協力者だったんだけど・・・裏切ったから、"お仲間"に持って行ってもらってくれないかな」

はい、これ。そう言って千歳は"彼"に男から外した機械から取り出したメモリーカードを渡す。安室は困惑しているという顔でそれを受け取った。

「貴方は、誰ですか」

目の前のこの男は誰だ。千歳が縛った男が、組織の人間であることを安室は知っていた。下っ端だが中堅で、それ故に割とコードネーム持ちとも馴染みのある男だ。それを縛る、持っていく、意味。それを理解出来ないほど、安室は鈍くはなかった。

「・・・やだな、最初に名乗ったじゃんか。諏訪部千歳、帰国子女のただの大学院生だよ」

そう言って微笑む表情はあの部屋で見てきたものと変わらないのに、目の前の人物がのほほんとしていて気が利いて・・・一緒にいて心地よいと思い始めてしまっていた"彼"とは、全くの別人に見えた。



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