06

縛った男が引き取られていくのを見送った後、千歳は彼の車に一緒に乗り込んだ。

「・・・説明してください」
「だから、ここでは無理だって。家に帰ろう?」

エンジンを掛けるでもなく、ジッと此方を見て、今にも詰め寄ってきそうな彼に苦笑う。聞いていた通り、日本警察というところは外の犬が好きではないようだった。安全なところに行くまではと千歳が己の腕を掴む指先を反対側の手でそっと撫でると、安室は無言で車を走らせた。

「さあ、もう良いだろう」

2人の部屋のあるマンションまで戻った。何時もとは違い自分の部屋ではなく彼の部屋に詰め込まれ、玄関扉に押さえつけられた千歳はその余りの性急さに辟易とした。

「・・・強引だなあ、"降谷"さんは」
「どういうことだ、君の経歴に不自然なところは一つも無かった」

何故そこまで知っているのか。ひとより遥かに情報収集能力に長けている自信のある降谷が、彼の事を調べつくせなかったのにも関わらず、自分の事は知られているのだ。警戒せずにはいられない。

「だって、全部ほんとの経歴だからね」
「・・・もう一度聞く。君は、"何"だ」

誰と聞いてはぐらかされたのだからと、聞き方を変えれば千歳の笑みがぐにゃりと歪む。面白い。そう、彼の表情が言っていた。

「良い質問だね」

千歳は此処へ来てもまだ、ひとつも降谷に嘘を吐いていなかった。吐くつもりもない。だから、"誰"かと聞かれれば諏訪部千歳だと言うしかなかったのだけれど、"何"なのかと聞かれれば、その立ち位置や所属を話さないことには説明が出来ない。

「イギリスの秘密情報局の工作員・・・って言ったら、信じる?日本のゼロの降谷零さん」

至近距離で凄む降谷に下からにこりと微笑みかけて、千歳はそう言い放った。





元々、あの男は組織の人間だった。弱味を掴み、脅し、カメラや盗聴器を支給して情報を集めさせていたのだが、男の行動に怪しい点が増え始めた。千歳を欺けると思ったようで、本人につけさせていた機械以外に仕掛けた盗聴器から裏切りの証拠をとらえたのだ。嘘の情報は、こちらにとっては最大の敵。だから切ることにした。

「でもね、協力者が減るのは困るなって思ってるんだ・・・それでね、降谷さんに協力者になってほしいと思ってるんだけど」
「は、?」

扉と降谷に囲い込まれているのは千歳の方なのに、柔らかく微笑んだ彼に追い詰められているのはまるで降谷の方で。

「情報と情報の開き合いをしよう。SISは公安に捜査委託をする」
「な、にを・・・そもそも、君がSISだという証拠が無い」

動揺を隠せぬまま、たじろぐ降谷は全くもってらしくない。相手が彼だと言うだけで、こんなにもダメになってしまうものなのか。得意の心理戦も嘘も笑顔のポーカーフェイスも、戦う剣も持たぬこの状況では発揮することが出来ない。

「じゃあ、正式に本部から申請してもらうようにするね。それまで俺は降谷さんの監視下ってことで」
「は、?ちょっと・・・千歳くん、」

ひとりで纏めて、はいお終いとでも言うように降谷の身体を押して囲いから逃れた彼は、そのまま自分の部屋とは左右対象であろう見知った間取りを中へと進んで行ってしまう。

「降谷さんの部屋ってこんな感じなんだ・・・あ、この家具欲しかったやつ」

先までの膠着状態から一転してサラリと普段通りをしてみせる彼に、降谷は困惑も極まる一方で。黒の服を着たその姿だけが、彼が本当にあの場に居たのだと言うことを示していて。

「降谷さん・・・あ、千歳くんって呼んでくれたし、零さんって呼ぼうかな。ちょっと上司に電話するから、先に身体チェックしてくれない?」

怪しい男を部屋に入れてるんだし、何なら全部脱ぐよ。
そう言ってまた微笑む表情は、そういえばずっと最初から変わらない。

「・・・もう、いい。早く上司に連絡をとってくれ」

降谷は疲れたようにシャツの首元を緩め、乱雑にソファに腰掛けた。もう、降参だ。彼がどうやらとても優秀であるらしいということも、この数ヶ月探られていたのだと言うことも、どうやらお眼鏡に叶ったらしいということも。もう全部投げ出したくなってしまった。酷く疲れた。あの空間が居心地が良いと思っていたのが、自分だけだったという事実も、今はもう全部目を瞑りたかった。

「ありがとう。ここで電話させて貰うね」
「っ、?!」

髪を掻き上げてソファの背に後頭部を預けて瞼を伏せていた降谷の額に、柔らかい感触。瞳を見開いて驚愕のまま振り返るも、千歳は唇を落としたところを一つ撫ぜて既に通話に入ってしまっていた。

「・・・Hi. サイラス。元気してる?・・・うん、ゼロの潜入捜査官と接触した・・・うん、大丈夫。・・・ふふ・・・うん、信用出来るよ」
「、っ」

視線を合わせたまま、いやに親しげに話すその上司らしき人物に、降谷のことを告げる。言葉と共に、背凭れ越しに伸びてきた指先がゆるゆると頬を撫で、降谷はもう頬が熱いのを誤魔化せもしなかった。彼の視線から逃れられない。こんなに甘く、見つめられていただろうか?こんな、今にも愛しいと口に出してしまいそうな視線・・・

「じゃあ、要請しておいてね。・・・ははっ、大丈夫だよ。FBIとは上手くやる・・・うん、じゃあね」

Bye. と通話を切った千歳が、携帯をソファに放り投げて降谷の頬を両手で包み込んだ。

「確かに、零さんを見てたのは仕事の為だったけど・・・でも、たくさん時間を共有したのは、俺個人としての意思だよ」
「べつに、」

だからそんな、泣きそうな顔しないで。
目元に優しく降る唇に、降谷はもう逃れられないのを自覚した。最初から、もう落ちていたのかもしれない。

「かわいい、零」

そうして甘く微笑む千歳の両手を引いて、降谷はその唇に噛み付いた。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -