11 一番怖いもの

重たい瞼を持ち上げた先、見慣れぬ天井を、けれどその光景が初めてのものではないことを感覚的に理解していた。身体に走るのは、幼いいつかのあの時感じた痛み、恐怖、不安  それがただの記憶だと分かっていても、震える身体を、迅る心臓を止めることなど出来ず、ぎゅっと身を縮こまらせるように抱き締めた。浅くなる息を意識して長く吐き出して、冷たい手のひらをぎゅっと握り締めて  そうして、ハッと気がつく。

あの後、どうなったのか  

先までの身体の震えや動悸などまるで無かったかのように、勢いよく身を起き上がらせる。カーテンの隙間から見える窓の外は明るく、あれからどれほど時間が経ったのかも分からない。辺りを見回して、部屋の中にあるデスクがリカバリーガールのものだと分かると、ここは雄英の保健室なのではと気が付いて廊下へと足を向けた。朝早い時間なのか、しんと静まり返った校内は、人の気配もまるでない。誰か、と喘いで助けを求めるかのように、俺の身体は職員室へと向かっていた。

「うぃーす…ッて問覚お前!!起きたのか!!」
「出歩いて大丈夫なのか?」
「誰かリカバリーガールに連絡を!」

職員室には、早朝にも関わらず何人かの教師陣が疎らに腰を掛けていて、俺の姿を認めると驚いたり安堵したりと反応は様々だった。こちらへツカツカと歩み寄ってくるマイク先生を、まだぼんやりとした頭で見上げると、彼はすぐ目の前で止まってガシリと俺の両腕を掴んで顔を覗き込んできた。

「体調はどうだ?どこか気持ち悪いとかないか?」

その問いにコクリと頷き返し、目を覚ましてからそればかりが気になっていた事を問い掛ける。

「…相澤先生は、どうなってますか」

俺のその問いに、目の前の人は一瞬面食らったかのように固まって  そして、ハァァァァ、と深く深く、溜息を吐き出した。ぺしり、と軽く額を叩かれる衝撃に、少し眠気が覚めていく。

「似た者同士かよお前ら。ちったぁ自分の心配しろよ」

ハッと笑って顔を上げたマイク先生が俺の方ではなく背後へ視線をやったので、その先を追うように振り向くと、会いたくてたまらなかった、ずっと頭の中心を占めていた人が職員室へと入ってきたところだった。



  は、?」

マイクの視線を追うように勢いよく背後へ振り向いた問覚は、けれどその視線の先にいた人物を見て不満を隠すことなく、聞いたことのないほど低い声で短くそう吐き出した。次いでパッと足元と瞳を光らせて個性を発動させ、近くにあったキャスター付きのデスクチェアをその場から一歩も動く事なく引き寄せると、包帯ぐるぐる巻きの相澤をグッとその椅子に沈ませた。そこまで、3秒もかかっていないだろうか。

「なんでこないな状態で出歩いてん…?治す気ある?どう考えても非合理的やろ…消太くん怪我で頭おかしなった?ちゃんと診てもらったん?」

問覚は捲し立てるような早口、しかも唐突な関西弁でそう呟き、相澤の包帯に覆われた顔に手をやりながら、まだ個性を発動させているのか瞳を青白く光らせている。そのあまりの剣幕に驚いて固まっている相澤もされるがままだった。その状況に呆気に取られて固まっていたマイクは、けれど問覚がまた熱を出した時と同じような個性の使い方をしているのに気が付いて、慌ててその腕を掴んで止めさせた。

「問覚お前、個性止めろ…!自分も倒れたの分かってンのか!?」
「あ  すみません、マイク先生」

マイクの声にハッと気がついたように個性を止めた問覚は、バツが悪そうに視線を彷徨わせると、もう一度相澤に向き直った。

「無事…ではないか。でも、大丈夫そうで本当に良かった」
「・・・問覚、」

そう言った問覚の声色が震えて聞こえた。安堵から小さく吐き出された吐息も、泣いているのかと思わせるほど。その姿に何も言えなくなってしまっている相澤を見て、マイクは喉元まで出かかった疑問を呑み込んだ。ていうか問覚は関西の出なわけ?とかこの間もちょっと言ってたけど、名前呼び?だとか。けれどとても尋ねられる雰囲気ではなくて、どうしようかと視線を彷徨わせていると  相澤が何かを言いかけて口を開いた瞬間、カクン、と問覚は、突然身体の力が抜けたように倒れ込んだ。

「統ッ!!」
「オイッ!!大丈夫か!?」
  、あれ…?」

すぐ目の前の相澤に受け止められた問覚は意識を失ったのは一瞬だったのか、薄らと瞼を持ち上げると力の入らない身体で何とか起き上がったが、なぜ自分が相澤に倒れ込んでいるのか状況が理解出来ないようだった。

「まだ意識が安定しないみたいだね  無理はしない方がいい。保健室に戻りなさい」

その不安定な身体を支えようと慌てるマイクと相澤の足元から、いつの間にか来ていたらしい校長がそう声を掛けてきた。

「意識が・・・って、まだ睡眠が足りないって事ですか」

意識が落ちかけているのをなんとか繋いでいるような様子の問覚をマイクが支えると、相澤は校長にどういうことかと問い掛ける。その声色は少し刺々しく、オイオイ落ち着けと思いながらもマイクは黙ってそれを見守った。

「ああ。リカバリーガールの治癒や敵との戦闘もあって、身体的疲労もあるだろう。それにまだ練習中の個性の使い方をしたらしいし  そうだね、問覚くん」
「練習中の個性の使い方…?」
「あ・・・はい…すみません、あの時は、他に思い付かなくて…」

どういう事だと、今にも責め立てそうにも見える相澤にヒヤリとしていると、それを理解しているように相澤が続けて何か言う前に、校長がマイクに問覚を休ませるようにと指示を出す。

「謝ることは何もないさ。けれど身体はきちんと休めなければね。マイクくん、彼を保健室まで送ってあげてくれるかい?」
「あっ、しょ…相澤、先生は」
「彼は今日から復帰だよ」
「そう・・・ですか  あの、あまり無理をさせないで、くださいね…」

校長の様子に口を挟めずにいた相澤は、問覚の絞り出したような、それでもまだ自分よりも相澤を心配する言葉に、グッと押し黙った。

「私もそう思うんだが、本人たっての希望でね。よく言い聞かせておくさ」

そんな相澤の様子に、校長が小さな身体でクスクスと笑う。

「・・・問覚」
「、はい」
「ゆっくり休めよ。あと  応急処置の件は、ありがとうな」

また眠ってしまいそうだった問覚を背に負ぶって職員室を出るマイクの背に、相澤の少し躊躇ったような、そんな言葉が聞こえてきた。

「・・・、」

保健室へ運び込んで、移動の間にまた眠ってしまった問覚をベッドへ寝かせる。顔にかかってしまった藍白の髪をそっと除けるようにすると、その瞼の下りた顔を、そっと手の甲で撫でた。
この色合いには、既視感を感じざるを得ないなと考えながら、マイクは静かに保健室を後にした。



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