××.5 暖かさ、温かさ

昼食を早々に食べ終わって、どこで時間を潰すか、となるべく人気のない場所を探していた時、たまたま視線を向けた先、校舎裏の開けたところに幾つかのベンチがあるのに気がついて足を進める。こんな場所があったのか、と物珍しく辺りを見回していると、そのうち一つに、誰かが腰掛けているのに気が付いて足を止めた。
顔を俯けてこくり、こくり、と船を漕いでいる様子からして、どうやらその誰かは眠っているようだった。そしてその顔をよくよく見てみると、クラスメイトの問覚統のようだということに気が付いた。

伏せた目蓋の長く色素の薄いまつ毛が、頬に影を落としている。
問覚といえば、先日の屋内戦闘訓練が思い起こされる。建物ごと凍らせてしまえば簡単に労もなく勝てると思っていた相手に、あろうことかその行動を読まれ、油断の隙を蹴り飛ばされて、その後の攻撃もいなされた。あの訓練での勝利は相手が俺の個性をそこまで把握していない状態だったからこそ勝てた辛勝であり、これからも問覚を相手にして勝てるかどうかは分からない。近接戦闘では今の俺では歯が立たないかもしれない  こんなところで躓いている場合ではないのに  そんなふうに感じさせられた相手が、こんなにも無防備な状態で、こんな誰が通るかも分からない場所で、居眠りをしている事に驚きを隠せなかった。

青みがかった白とも灰色とも言えそうな髪が、陽の光できらきらと煌めいている。こくり、こくりと傾き続ける首が、落ちてしまいそうで少し危なっかしいなと思っていると、その勢いに任せてぐらりと身体ごと傾いたので、慌てて近付いてそれを咄嗟に受け止めた。

「、ん・・・?」

寝惚けたような声が膝の上から聞こえる。左側から俺の膝に倒れ込んだ問覚が、眠たげに目を細めながら軽く顔を上げ、そしてまた諦めたように俺の膝の上に頭を沈めた。

「おい、」

その行動に驚きで一瞬固まったものの  退け、と身体を揺する。けれど問覚はまだ寝惚けているのか眉根を寄せて、嫌がるようにさらに俺の足に顔を寄せた。

「問覚、起きろ」

そう重ねて声をかければ、嫌々、というふうに問覚は片目をうっすらと開いた。

「あれ・・・轟?」

自分が誰の膝に寝ているのかも分かっていなかったのか、ごめん、違うヤツかと思った、と問覚は眠たげにぼそぼそと話す。謝りながらも俺の膝から起き上がろうとはしないのは、それだけまだ眠気の方が理性より優っているということなのだろうか。何なのだこの状況はと思いつつも、間の抜けた態度や心地よい風なんかに、なんだか全てのことが遥か遠くに感じてきて、肩の力が抜ける。耳が普段意識することのない、自然の音を拾い上げる。風でさわさわと樹々が揺れ、木漏れ日が騒めき、喧騒は遠く、不思議と、心がとても凪いでいた。
問覚はまたウトウトと目蓋を眠たげに落としながら、俺の足に再度擦り寄った。

「・・・轟って、あったかいんだなあ」

ふにゃりと表情を緩めながらそう呟いて、個性のせいかなあ、とふにゃふにゃとした口調で続けながら、持ち上げられそうにない瞼が、眠気から抜け出せないでいる様子を如実に表している。その様子になんだか色々と、すっかり毒気を抜かれてしまって、退かそうと思っていた腕の力を緩めた。
そういえば、あの訓練の後も、問覚は適当な事を言って俺を無理矢理保健室に引きずって行って、悔しくて話したくなかったのに、逆らえなかったし、なんだか気負わず会話ができた。問覚には不思議とそういうところがあるのかもしれない。そのまま手のひらをぽすりと彼の肩の上へと放り出して、ベンチの背もたれに寄りかかり、視線を遠くへ投げた。

「こんな力、いいもんじゃねぇがな」

普段  特に戦闘に於いて、使わないと決めている左の力。疎ましく憎らしい対象が思い起こされて、投げ出した左手をぼんやりと見つめた。するとその左手が下から掬い上げるように拾われる。ぎゅ、と握り込んで、ふにふにと両手で揉み込んだりする様子を、一体何をしているのかとただ見守っていた俺に向かって、問覚はそっと囁くように言葉を紡いだ。

「もしもどこかで、寒さや不安に震えている子がいた時  すぐにあたためてあげられる、すごい力だと思う」

現に俺もいま、お前の左のおかげであったかいよ、と俺の左手を掴んだまま、自らの腹の上に誘導しながら、ほらあったかい、と笑う顔に、呆気に取られるように見入っていた。そんなことを言われたのは、生まれて初めてのことだった。

「・・・これも、左を疎む事になんか関係してんの?」

するりと下から頬に伸びてきた手のひらが、こめかみの辺りまで指を伸ばして、目の周りの火傷跡に触れる。眠たげだったはずの瞳は、今は僅かに細められたまま、俺の顔を見上げていた。

  柔らかいところに土足で踏み込むようなものなのに、その手を払おうとは思わなかったのは、問覚の態度が無用な心配や憐れみのようなものを含まずに、ただただ目の前にある事実を目に写しているようだったからだろうか。

「・・・まあ、同じようなモンだ」
「そっか、」

そっと撫でさするように動く指先を掴んで下ろすと、問覚は慈しむようにふっと表情を緩めて、それからそっと、俺の指先を握り返した。

「お前の左、俺はすきだよ。あったかくて、落ち着く・・・」

そう言いながらまた瞼を下ろして、眠りの淵へ帰っていく問覚の言っていた事がどこまで正気でどこまで寝惚けていたのかはさっぱり分からなかったけれど  けれど、そこで語られた言葉達は、たとえ彼がほとんど寝惚けていたのだとしても、嘘ではなかっただろうと思えて  握られたままの指先を放り出そうとも、勝手に人の膝の上で眠る彼を振り落とそうともせず、ただそのまま、心地良い風に身を任せるようにして、ゆっくりと目蓋を下ろした。



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