一番を決めよう

「ねえ千歳、俺のこと『光太郎』って呼んで!!」
「へ?どうした急に」

ある日突然、木兎が思い立ったように諏訪部へそう言い出して、それを見ていた日向は一体どうしたのかとストレッチをしているのも忘れてそちらへ顔を向けた。

「みんな名前呼びなのに、俺だけ苗字なの、なんかタニンギョウギじゃない?」

木兎の言い分はこうである。
チーム内で年の近い宮侑、日向はもちろんのこと、最近入ってきた佐久早までもが千歳に名前で呼ばれているのに、木兎ばかりがいつまでも苗字で呼ばれている。諏訪部と一番仲が良いのは自分のはずなのに、これは不公平というヤツではなかろうか?、と。

「ハイッ!異議アリ!千歳さんと一番仲が良いのはオレですッッ!!」
「いんや俺や!!千歳くんは俺んことダイスキって言ってましたー」

そんな2人のやりとりを傍で聞いていたのは日向だけではなく、侑も聞き耳を立てていたようで、木兎の言い分に異議を唱えるべく立ち上がって諏訪部の周りに集まった。諏訪部とストレッチをしていた佐久早が分かりやすく顔を歪める。

「オレはこの間一緒に通天閣行きました!」
「はあ??なんやそれ俺んことも呼べや」
「俺なんかこの間も千歳ん家で飯食ったもんね!」
「それぼっくん2人きりじゃなかったん知とんぞ!」
「千歳さんのご飯美味しいですよね!」
(俺も千歳くん家で飯食いたい!!!)
「・・・あれ、千歳は?」

誰が一番仲が良いか、という言い合いが始まり、やんややんやと3人で言い合っていると、つい先ほどまで、ここで佐久早のストレッチを手伝っていた諏訪部がいつの間にか佐久早と共に少し離れたところに移動していた。

「ちょ、千歳くんは結局誰が一番好きなん!?」

それを追いかけるようにして、侑がそう大きい声を上げた時、チッ、と聞き慣れない舌打ちが聞こえ、辺りがシンと静まり返った。

「・・・真面目にダウンしないヤツは好きじゃない」

静寂の中、そう低い声で呟いた諏訪部に、日向はヒッ、と顔を青ざめさせる。そういえばストレッチの途中だった、と慌てて再開させつつ諏訪部のほうをチラッと伺うと、あの言い合いへ我関せずで一足先に終了したらしい佐久早が、ハッ、と見下した表情でこちらを見ているところだった。それに思わずムッとする。佐久早とて諏訪部にだいぶ懐いているのはまだチームへ来たばかりの日向でも知っている。あの通りいつも練習後は彼に色々とメンテしてもらうのが常で、彼以外には中々触らせないものだから他の人間と交代させる訳にもいかず、諏訪部ダイスキ度としてはきっと日向や侑の引けを取らない。

「臣くんのあの顔、腹立つ・・・ッ!」

侑も怒りながらそう言うが、まあ、圧倒的にこちらが悪いのは事実だったので、日向は口には出さなかった。日向達のような選手のサポート・コミニュケーションを円滑にするのが"仕事"でもある諏訪部にとって、言うなれば今は絶賛就業中。しかも、普段口数の少ない佐久早とのストレッチの時間は彼の調子などを見る貴重な時間なのだと以前話していたこともあるし、先ほどの日向達のヒートアップで邪魔をしてしまったのは流石にマズかったのだろう。普段怒らない諏訪部と言えども、お冠となってしまっても致し方ない。

「なあ千歳〜さっきの話〜」
「ほんでぼっくんは立ち直り早いな!?」

そんなふうに日向がしょんぼりと反省しながら自分の事を済ませていると、諏訪部の手が空いたのを見て、木兎が俺もやって!と側へ寄って行った。木兎の鋼メンタルは流石の筋金入りで、先程まで怒られていたことなどおくびにも感じさせない。

「ああ、呼び方だっけ?」
「そう!」

諏訪部も怒りを継続させてはいなかったようで、すでに普段と変わらぬ様子で木兎のクールダウンの手伝いをしていた。

「なんか木兎って『ボ・ク・トッッ!!』って感じなんだよな」
「えー!なんだよそれー」
「まあ別に名前が良いなら呼ぶけど」

誰と一番仲が良いか?という話よりも、木兎にとっては呼び方の話の方が重要だったようで、諏訪部へ文句を言いながら変えてほしいと強請っている。意外と簡単にいくものだな、と思う。まあ、諏訪部はそんなものにこだわるような人ではないけれど。でも、日向だって大義名分(渡伯準備の為の言語コーチングの際に名前で呼ぶようになった)があって漸く名前呼びをしてもらえるようになったのに!

「なんなら、こうちゃんとかでもいいぞ!」

ニカッと明るい笑顔でそう言った木兎に、それまで流れに身を任せていた諏訪部が、静かに首を振った。

「あ、それはだめ」

それに驚いて、また視線が集まる。

「エッ、なんで?」
「俺の『こうちゃん』は孝支だけだから」

聞き返した木兎に、これまでの比ではないほど柔らかく微笑んだ諏訪部を見て、日向は誰が一番好きか、という問いは愚問だったなと思い知るのだった。

「孝支って誰」
「ちょ・・・翔陽くん、孝支って誰や」

納得したように頷く日向に、1つ上の先輩2人が詰め寄って来るのはまた別の話。



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