猛獣使いの素質極まる

(影山視点)

「心折れそうやカンベンしてくれ!!」
「侑さん面白いです!」
「トドメやめてくれっ・・・!」

宮侑がよく分からないが1人で喚いているところに、また人が増える。廊下の向こうから歩いてくるのは、少し低い身長の男だった。見覚えのあるその顔に、影山は瞳を大きく見開いて固まった。

「侑なにしてんの、起きて」
「千歳くん・・・っ!!天の助けや・・・!!」

その人を見上げて、宮侑が元気を取り戻したように立ち上がる。そしてその手に下げられているビニール袋を目敏く見つけた木兎が、1番に彼に飛びついた。

「あーっ!!ミャーサムのおにぎりっ!!」
「木兎、試合前だから一個だけな。約束できるならこれを渡す。あと控室で座って食べなさい」
「わかった!!」

奪い取られる前にサッと避けた諏訪部が、"待て"をすると大人しく木兎は止まり、そして許可が出るとサッと袋を奪って控室に戻って行った。

「犬かっちゅーねん」
「ほんとにな。翔陽は便所行ったの?」
「アッ!忘れてた!?」

くるりと回れ右をしてトイレへ駆け込む日向に、また1人この場から人が減る。そうして漸く、影山は目の前のその人に声をかけることが出来た。

「な、なんで諏訪部さんが・・・!」
「ええやろ飛雄くん。俺の千歳くんやで」
「別にお前んじゃない」

すっかり立ち直ったらしい宮侑が、諏訪部の肩に後ろから腕を回す。それを特に退けずに、顔の前に回された腕をポンポン、と叩く諏訪部に宮侑が大層満足そうな顔をしてから、こちらを挑発するような視線を向けてきたのでカチンときた。

「久しぶり、影山」
「諏訪部さ、・・・っ!」

宮侑の"俺の"発言をきちんと否定してからこちらを見て頬を緩ませた諏訪部に、懐かしさのあまり飛びつこうとして一歩踏み出すと、間にまだいた佐久早がぬっと割って入った。

「ちょっと、うちのスタッフに近付かないで汚れる」
「聖臣、言い方…」
「・・・スタッフ?」

佐久早の発言にまたしても驚愕し、そして言われてみれば、諏訪部がMSBYのジャージを着ていることに気付く。諏訪部が佐久早の向こうから顔を出して答えた。

「うん、俺いまジャッカルで通訳兼チームスタッフやってるから」
「通訳・・・?そういえば、東京外大でしたっけ…」

彼が東京の大学に進学して、アメリカだか南アメリカだかヨーロッパだかに留学したりしていたのは何となく知っていた、が。なぜ大阪のブラックジャッカルなのだろう。どうせなら、アドラーズに来てくれれば良かったのに。

「千歳さんはすげーんだぞ!」

そこに、トイレから戻ってきた日向が顔を出した。

「ちゃんと手洗ったか?」
「ハイッ!」
「濡れたままやん」
「・・・汚い、寄らないで」
「ハンカチくらい持てよ・・・」

濡れた手を持ち上げて見せる日向に佐久早が諏訪部を盾にするように避け、呆れたように溜息を吐いた諏訪部がハンカチでその手を拭いている。構えと頭をぐりぐりさせる宮侑を片手で撫でながらハンカチを仕舞うその一連の流れに、"苦労と慣れ"が透けて見えて影山は表情を引きつらせた。

(完全に扱い慣れている・・・)

が、やはりちょっと羨ましい。
影山は、諏訪部に頭を撫でてもらうのが好きな自覚が当時からあるのだから。

「そういえば、千歳くんはウシワカとは知り合いなん??」
「いや、あんまり…」
「俺は知っている」
「「え」」
「えっ、そうなん?」

牛島のその発言には影山も驚いた。牛島は昔から興味のある選手の名前しか覚えない人だったので、マネージャーであった諏訪部のことは認識していないかと思っていた。

「烏野のマネージャーは有能だと聞いていたからな。それに春高宮城大会の決勝戦、ベンチにいたのは諏訪部だっただろう」
「千歳くん、高校から有能やったん」
「千歳さんはいつもすごくよく俺達のこと見ててくれました!」
「翔陽、お前はほんとに可愛いやつだな」

諏訪部の隣で宮侑に嬉しそうに諏訪部のことを話す日向に、諏訪部が瞳を緩ませて撫で撫でとその頭を撫でる。いま気がついたのだが、日向が諏訪部に名前呼び呼ばれされている。ずるい、ずるくないかソレ。

「えっ千歳くん俺は?」
「はいはい、侑も可愛いよ」
「可愛いじゃ嫌やあ〜カッコええって言うて?」
「カッコええよ、侑」
「はあ、ほんと千歳くんすき・・・」

日向が構われると、俺も俺もと宮侑が諏訪部の顔を背中を丸めて覗き込んで甘える。存分に甘やかす諏訪部の様子に、もういい加減影山のフラストレーションが限界に近い。

「千歳さん、そろそろストレッチしたい」
「ああそうだな、悪い。影山、牛若、それからえーっと、星海?またな」

もっと話したいのに、佐久早が宮侑を睨みながらそんなふうに言うので、先ほどまで雑談に興じていた諏訪部がスイッチが入ったように真面目な顔になって、こくりと頷くと、こちらへ片手を上げて背を向けてしまう。

「あっ、諏訪部さ・・・」
「ところで千歳くん、その腕に下げてるもう一個のビニール何なん?」
「ああ忘れてた。これ、聖臣の分の宮おにぎり梅」
「・・・はあ、すき」
「ハッ!?小声で呟くん何なん臣臣!!千歳くんは俺ンや!!」
「ていうかお前も離れろよ千歳さんが汚れんだろ」
「あ"!?」
「はいはい、そろそろ試合に集中な〜」

影山の呼びかけと被るように宮侑が喋ったせいでその言葉は諏訪部までは届かず、こちらへべ、と舌を出した宮侑を引っ付けたまま控室に入って行った諏訪部を、影山は名残り惜しく見送った。そういえば結局、なんでMSBYなのかという事については聞けなかった・・・ていうか佐久早と宮侑は何なの。ていうかくっつき過ぎじゃないの。フツフツとしたものを深く深く溜息として吐き出すと、両隣の牛島と星海がビクリと震えた。

「・・・行きますよ、牛島さん、星海さん」
「…ああ」
「お、おう・・・」

ドスドスと足音を立てて控室へ戻りながら、影山は今日の試合絶対負けない、と胸に誓った。



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