きみに転がされたい!

side明暗

「何アイツどうしたの??」

ロッカールームに入ると、非常にジメジメとした空気を放って苔を生やしそうな勢いの侑がぶつぶつと呪詛を吐き出していたので、明暗は近くにいたチームメイトに声をかけた。

「昨日のファン感で盛大にスベったじゃないすか」
「は!?まだ引きずってんの!」

何かあったのかと一瞬、一欠片だけ心配したものの、昨日のファン感謝デーの事だと聞かされてその心配をサッと取り下げる。全く面倒くさい性格をしている奴である。

「屍かよ」
「試合に負けた時の比じゃねえ」

なんで生まれてきたんだ、などと呟いている様子は正直、非常に面白い。

「ハァウッ」
「定期的に襲ってくる羞恥心」
「スベったのもあるけど…アイツに笑いを持って行かれたのが堪えてんだと思います…」

観察対象としては面白味満点の生き物であるが、それがこれから練習となると少し話が別である。使いものになるテンションまで戻さねば、まともな練習にならない。

「ヘイヘイヘェーイ!!」

その時、侑のそんなテンション底辺の様子を歯牙にも掛けずに木兎が侑に絡みに行った。

「う"う"・・・」
「ツムツム元気か!!俺は元気!!」
「こっちに…来んといてくれっ…」

昨日のイベントでは、侑が盛大にスベった後に木兎が持ち前の元気さと小ボケで笑いを持っていったので、今の彼にとっては一番近づけてはいけない相手である。まあ、木兎がそんなことを分かるはずないし、絡まれるのは面倒なので誰も止めない。

「誰か〜千歳呼んでこーい」
「はいはーい。お呼びですかー?」

面倒くさいから誰か何とかしてほしい。一番手っ取り早い解決策を適当に口に出せば、丁度良く呼んだ本人が現れた。

「おっ、ちょうど良いところに。アレなんとかしてくれへん?」

ちわース、と入ってきた千歳を呼び寄せて、侑と木兎を指差す。

「アレ?あー・・・甘やかしOKのやつです?」
「ああ、使いものになればなんでもアリでええよ」
「了解しました〜」

アレ、と指し示した方を見てすべてを理解したらしい千歳は、仕方がないなと苦笑して明暗に程度の指示を仰ぐ。千歳はMSBYの若年層の扱いが非常に上手く、こういった対応は既にお手の物なのである。調子に乗らせすぎるとそれもまた面倒だが、木兎がいるだけで落ち込むのは更に面倒なので今回は手加減なしのOKを出すと、千歳は肩を竦めながら侑の方へ歩いて行った。



side千歳

「オース千歳!」
「木兎は今日も元気だなー」
「俺はいつも元気!!」

テンションの高い木兎の肩をポン、と叩いて、サポーターをつけに行くように誘導する。木兎が準備を始めたのを見てから侑に向き直ると、膝に肘をついて頭を抱えていた。

「あーつーむ」
「千歳くん・・・」

声をかけると、侑は虚な目で千歳を見上げる。そのあまりの表情の暗さに苦笑すると、一歩近づいてへにゃりと眉の下がったその顔に両手を伸ばした。

「元気ないなあ、どーした?」
「おれは…俺はもうダメやあ・・・」

情けない声を出す様子は、試合の時の鋭さも普段の気の強さの欠片もない。いじける子どものような様子に、指先で擽ぐるように頬を撫でると、きゅっと目を細めるので、宥めるように左手で後頭部を撫で摩りながら目尻を右手の親指でなぞった。

「・・・何やっとん」
「侑を甘やかしてる」

一瞬、気持ちよさそうに千歳の手に擦り寄るが、すぐに訝しげに眉根を寄せる。こんなことで騙されない、とでも言いたげな不満顔に千歳はくすくすと笑った。やはりどうあっても子どもっぽいが、そんな様子が可愛くて堪らなかった。本人に言うと調子に乗るので、そんなことは絶対に言わないのだが。

「侑の元気な顔が見たいなあ?」

そう言って首を傾けると、侑は千歳の意図を理解して気に入らないと睨み上げる。ふふ、と笑いながら変わらずに撫でていると、唇を噛んで悔しげな顔を見せた後、身体をこちらへ傾けて頭を千歳の腹に預けた。

「ホント性悪やわ」

後頭部しか見えないが、耳が少し赤くなっている。可愛らしいそれには気がつかないフリをしてあげて、そのまま頭を撫でていると、しばらくしてから深いため息の後、グリグリと頭を擦り付けられた。

「元気出た?」
「別に落ち込んどらんし」

パッと身体を離した侑に千歳は満足そうに微笑む。まだ不満そうに眉根は寄っているものの、先ほどの落ち込みようは何処かへ飛んで行ったようなので、最後の一押し、と準備を始めた侑の耳元に唇を寄せた。

「…侑のカッコいいところ、楽しみにしてるな」

それだけ言ってくるりと背を向けてロッカールームを出ると、ああもうッ!!と叫ぶ侑の声の後に明暗の笑い声が聞こえてきた。



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