こういう日常

大学の部活終わり、休前日はだいたい研磨の家へ行くのが黒尾のお決まりになっている。

「たでーま〜〜」
「ちょっと、クロの家じゃないんだけど」
「まーまー研磨クン、そう硬いこと言わずに」

チャイムを鳴らすと研磨が鍵を開けに来て、声をかければ眉根を寄せて嫌がられる。ちょっと、それはかれこれウン十年のお付き合いの幼馴染みに対して冷た過ぎるんじゃありませんかね。

「あ、黒尾おかえり」

とはいえそんな研磨の反応も慣れたものなので、そのまま勝手知ったる研磨宅を進み、キッチンへ顔を出す。ほうれん草を絞りながら千歳が顔をこちらへ向けてふわりと微笑んだのを見て、いろいろな疲れがぶわっと吹き飛んで行った気がした。

「ただいま・・・!!」
「卵ありがとう」
「これでよかった??」
「うん」

来る途中でおつかいを頼まれたものを渡して、一歩近付く。いい匂いのする料理を覗き見て、黒尾も思わず表情を緩めた。嗚呼もう、本当に、なんて癒される空間なのだろう。毎日ここに帰ってきたい。一緒に住みたい。結婚したい。

「飯もうちょいかかるから、風呂入ってきていいよ」
「ウン…!そーする!」
「?おう、」

一度は言われてみたい新婚さん風台詞、『ご飯にする?お風呂にする?それとも…』に近い言葉(曲解)に胸がキュンキュンと締め付けられて、頬を紅潮させながら感無量で絞り出した返事に千歳が軽く首を傾けていたが、そこまでは黒尾の目には入らなかった。が、

「クロ、きもちわるい」
「オイ研磨聞こえてんぞァ!!!」

玄関から戻って来て、千歳の奥で鍋を見ていた研磨にはすごく渋いものを食べたような顔で見られ、辛辣なお言葉まで頂戴してしまった。まあ、それもいい。大丈夫、今の黒尾は幸せが突き抜けているので、多少の蔑みにはびくともしないのである。

「研磨、卵5こ割って」
「わかった」
「そのうち3つだけ、黄身をスプーンで掬って取り分けておいて」
「ん」

風呂へ向かう背中でキッチンでそんなふうに話している声を聞き、出汁の香りを嗅ぎながら、今日の献立の予測を立てる。
出汁巻き卵、親子丼、ゴーヤチャンプルー・・・
千歳の料理は美味い。そりゃあもう、千歳が作ったってだけで美味い。ってそれだけじゃなくて、手をかけるポイントが上手いのだと思う。
そんな事を考えているうちに腹の虫が鳴って、嗚呼もう本当に幸せ、と思いながら黒尾はそそくと入浴を済ませた。



「んまっ!」

ほかほかの親子丼。少し白っぽいたまごの上には黄身が一つずつ乗っていて、それを崩して食べるのがまた美味い。それに、付け合わせのきんぴらとほうれん草のお浸し、冷奴に味噌汁。とても男子大学生の作った食事とは思えないラインナップである。

「…大袈裟」

ぱくぱくと食べ進める黒尾に、研磨がまた眉根を寄せるが、先ほどよりはその表情も緩いのは、やはり食事が美味しいからだろう。
千歳は研磨と同居をはじめてから、それまで一人暮らしながらにそこそこ熟していた料理のレパートリーを増やし、研磨に基本的な事を教えながら料理を作るのが趣味になったという。最近ではお菓子作りにも手を出し始めたようで、週末には研磨の好きなアップルパイを2人して研究したりしているらしい。

「いや、おいしいよ研磨」

今日は研磨が味付けを担当したらしく、千歳が柔らかく瞳を細めて研磨を褒めると、研磨も素直にこくりと頷いた。

研磨は千歳にすごく懐いている。
あの日、突然「千歳と一緒に住む」と言い出して実際その事を話しに行ったらしい研磨は、その数日後には孤爪家に千歳を招いていて、母と顔合わせさせていたのには黒尾はかなり驚いた。研磨の普段見せない行動力には心底感心したし、話はするりと進みすぎだし、俺だって千歳と一緒に暮らしたい、と歯噛みした。が、俺も、といった類のその尽くは研磨に妨害されて叶わなかった。本気を出した研磨の頭脳に黒尾が敵うわけなかった。
とは言えこうして入り浸る事は許されているので、結論的には研磨グッジョブ、という感じだったりする。

「・・・しあわせ」
「ふはっ、安いしあわせだな」
「クロは千歳が居ればいつもそうでしょ」
「ななななナニ言ってるのかな研磨クン!?」
「黒尾ってば俺のことだいすきだからなー」

そう、グッジョブではある。あるのだが。

「違った?」
「〜っ、ちがく、ない!」

顔を覆って黙り込む黒尾の赤く染まった耳を見て、ホントにすぐ照れるヤツだな、とくすくすと瞳を細めて笑う千歳に、黒尾の色々と超えてしまっている想いは未だ何も伝わっていないし、やっぱり黒尾はその一切を明確に言葉にできたことなどないし、そんな黒尾のヘタレっぷりに研磨には深々とした溜息を吐き続けられている。
なんなら  まだ千歳の名前を呼べるのは、心の中でだけであったりして。



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