違いのわかる男

もう数日、ゲームの動画配信をしていない。
理由は簡単、そんな気分じゃないから。ではなぜそんな気分ではないのかと言うと、ゲームをクリアしてしまったから。これは研磨の事を知る者ならば、よくあることだと容易にわかる事で、今頃界隈では、"またKODZUKENが配信サボってる"とか"またゲームクリアしたのか"とか言われているはずである。

「けーんまっ」
「千歳・・・」

どうにも気分が上がらなくて、コタツで横になりながら、ぼんやりと窓の外を眺めていると、突然顔に影がかかり、視界の中に、にゅっと千歳の顔が現れた。

「ちょっと放っておいて・・・」
「そっか」

ゲームは面白い。物語というのは、エンディングを目指して突き進むもので、そのワクワク感は計り知れない。でも、どんなに面白いゲームでも、いつかは終わりが来てしまう。それが酷く悲しくて、そこを目指しているはずなのに、いつまでも苦手だった。クリアしてしまうのは、どんな時も悲しい。定期的にやってくる研磨のエンディングロスにもすっかり慣れた千歳は、いつもなら仕方がないなとそっとしておいてくれるのに。

「・・・なにしてるの」

窓の外へ向けられた研磨の視線のちょうど真ん中辺り、ここからでは手を伸ばしても少し届かないところに、ちょこん、と真っ赤なリンゴが一つ置かれた。

「リンゴ買ってきたから」
「うん」

それだけ言って、居間から出て行く千歳の足取りは軽く、少しすると、台所の方から鼻歌まで聞こえてきた。なんでそんなに機嫌が良いんだろ、と、視界の中に居座るリンゴをまたぼんやりと眺めながら考える。

「ん?」

真っ赤に色付いて、艶々と光るリンゴのそのシルエットが、いつもよりもほんの少し、凛々しい感じがするのに気が付いて、研磨はむくりと身体を起こした。ジッと見つめて、見つめて、頭の中にあるいつもの物と比べて、そして、やっぱり違う、と炬燵から出る。

「・・・ちょっと縦に長い」

掴み上げて、視線の高さでくるくると回す。やはり、何だか少し違う。いつも使っている紅玉は、もう少しぽってりとしたシルエットで、丸を少し縦に潰したような形をしている。でもこれは、その紅玉と比べると、少しキリッとした印象がある。そんなふうに思い始めれば、匂いもすこし違うような気がする。こっちの方が、甘いような。そんなふうに考えていると、台所の方からリンゴを煮詰めた甘い香りが漂ってきて、パッと思わずそちらへ顔が向く。

「ねえ千歳、もしかして品種変えたの」

その匂いに堪らなくなって、リンゴを手に持ったまま台所へ向かった。そのまま、アップルパイを作り始めていた千歳をあーだこーだ言いながら手伝う。

「分かった?」
「あんなに意味ありげに置いていったら、気付く」
「今日のはサンつがるっていうやつにしてみた。紅玉より甘いんだって」
「へぇ」

いつもと少し違うので、シナモンや香り付けの洋酒を調整しながら味を整えて、パイに詰め込んで、網目に黄身を塗って。なんだか千歳の思う通りに動かされた、と気が付いたのは、パイに収まりきらなかったまだ温かいリンゴ煮を突つきながら、コタツで焼けるのを待っている時だった。思わずジト目で睨みつけるが、千歳は意にも返さず柔らかに微笑むだけ。

「・・・なんか、悔しい」
「元気が出たみたいで良かった」
「・・・」

その笑顔になんだか胸焼けがしそう、と甘いものを作っていながら身も蓋もない感想を抱きつつ、研磨は新しいゲームを始めることにした。



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