繋ぐ人

彼を初めて見かけたのは、高校2年時の春高でのことだった。
だがその時の侑は対戦相手の高校のマネージャー、しかもベンチではなくて客席に混じっていた千歳のことなんて認識していなかった。その試合で、侑の母校である稲荷崎高校は対戦相手であった烏野高校に惜敗。中でも印象深かった超速攻コンビの事が気になってその翌日の試合を観ていた時、自分達の試合の時とはベンチにいるマネージャーが別人な事に気がついた。監督、コーチの隣に座っているのはよくいる女子マネージャーの姿ではなくて、男子マネージャーで、なんで男が選手じゃなくてマネージャーなのかと、小さな疑問を抱きはしたが、それは一瞬のうちに頭の片隅に追いやられ、やがて忘れ去られていった。



「通訳見つかったらしいですやん」
「なんか木兎の紹介らしいで」
「それ大丈夫なん?」

侑の所属するバレーボールチームに、今年から海外出身の監督が就任する事になった。選手と監督間のコミニュケーションを円滑に運ぶために、バレー経験者で通訳が可能なスタッフが欲しい、とキャプテンの明暗がボヤいていたのは1週間ほど前の話だ。

「木兎が連れてきたからって木兎みたいな奴な訳ないんやから大丈夫やろ」
「まあ、そか」
「それに監督が少し話して気に入ったみたいでな」
「ふーん」

その時だって、その新しく来る"通訳のヤツ"に、そんなに興味を抱いたりはしていなかった。けれど、

「木っくん」
「ん?」
「諏訪部さんてどんな人?」

侑の問いかけに首を傾けた後、木兎はしばらく頭を悩ませて、それから思いついたようにこちらを向いて、ニッと笑った。

「めちゃくちゃバレーが好きなやつ!」

それを聞いて、侑はその人に会うのが俄然楽しみになったのだった。



新しいスタッフ、諏訪部千歳は通訳だけでなくチームスタッフとして大変優秀な人材だった。
聞けば、バレーは中学までで、高校ではマネージャーをやっていたらしい。しかも、その出身校が烏野だと聞いた時には侑も大変驚いた。てっきり、木兎と同じ梟谷か、あっても関東の高校出身なのだと思っていた。そして侑の一つ歳上ということは、高校2年のあの春高で烏野に負けた時にもその場にいたということで。影山飛雄と日向翔陽という変人コンビを真近で見てきた千歳に俄然興味が湧いて、侑は彼の後をよくついて回った。

「なあなあ千歳くん、さっきのスパイク練どうやった?」
「聖臣がちょっと打ち辛そうにしてなかった?木兎とトマスは良さそうだったけど」
「んあ"ーっやっぱりか〜!!臣くん聞いてもちゃんと言ってくれへんねん」
「後で聞いとこうか」

練習中だけでなく、筋トレやウェイトトレーニング、ストレッチなどの体作り、対戦相手の研究など、千歳はよく勉強しているようで、尋ねればコーチ顔負けの知識でアドバイスをくれるので、ちょっと気になっているところを訊ねたりするのにちょうど良い。彼はチーム内の至る所で潤滑剤のように立ち回り、瞬く間にチームに欠かせない人間となっていった。

「・・・左膝の調子悪い気がする」
「ん、ちょっと診ようか」

大学4年となって授業が減り、長期休みに入って本格的に練習に参加するようになった佐久早聖臣。侑と同年のスーパーエースは、気にしいが病気の域に達しているめちゃくちゃ面倒なヤツである。けれどそんな佐久早も気がつけば千歳には心を開いていて、他人に触れられる事を嫌がる癖に千歳のそれはあまり嫌がらないし、ちょっとした不調(だいたいが気のせい)などはチームドクターに声をかけるよりも先に千歳に言うようになった。おかげでドクターは佐久早の"気のせい"に付き合わされる事がなくなって、千歳に非常に感謝していた。

「これ痛い?」
「…痛くない」
「これは?」
「ん、大丈夫」
「これは?」
「平気」

今日も何やら調子の悪い"気がする"らしく、千歳に声をかけていた。それに文句を言うことのない千歳は、いろんな方向から力をかけたり、曲げさせてみたりして動きを確かめているが、佐久早が特に痛がったり違和感を感じる様子はない。

「じゃあ大丈夫かな。まだ気になるなら、練習後のストレッチ少し時間かけようか」
「千歳さんがやってくれる?」
「うん。俺がいいならそうする」
「わかった」

千歳の言葉に頷いてから練習に戻る佐久早を見送って、侑は千歳に声をかける。

「千歳くん、よく臣くんのアレに毎回付き合うてられるよな」

そう言うと、千歳は苦笑しながらこちらへちらりと視線を向けた。

「聖臣の、"気にしすぎ"って言われるアレ、悪いことだとは思わないからね」
「どゆことや?」

時には練習を止めてしまうこともあるような事なので悪いまでとは言わずとも、悪癖であるとは思うのだが。侑が首を傾けるのを見て、千歳はふふ、と瞳を細めて優しげに微笑んだ。

「小さな違和感でも見逃さないっていうのは、その先にある大きな故障の芽を摘むことにもなると思うから」

10のうち9が気のせいだとしても、その内の怪我に繋がる1を気のせいで済ませてしまって、大きな故障にしてしまうよりずっと良い。それに、普段から自分の身体を丁寧に扱う事は、やっぱり悪いことではないと思うから、と千歳は言った。

明暗に聞いたが、千歳は高校入学前に膝を壊して以来、激しい運動が出来ないらしい。だから彼は人一倍、そういう部分に関しては目を光らせているのだろう。選手が、自分の意思以外でその命を折られる事のないように。必要以上の焦りで、己の身体に負荷をかけ過ぎたりする事のないように。
それを聞いた時、侑はこの人のこのバレーや選手達に対する向き合い方がすきだなと思ったし、千歳自身にもとても好感を持った。そしてそれは実際口から滑り出ていた。

「あかん、俺、千歳くんのことめっちゃすきかもしらん」
「なに突然。俺も侑のことすきだよ」
「ほんま!?」
「うん。春高の時、侑のプレー見ててそう思った。いまもそう思うよ」

侑の脈略のない発言に千歳がくすくすと楽しそうに笑う。やわらかな微笑みを浮かべるこの人の隣はなんだかとても居心地が良いな、と気がついて、だから佐久早のような偏屈も懐くのだと納得した。



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