溢れ出すものの受け皿

赤葦は月に1、2回、研磨と千歳の住む家にやって来ては夕食を食べて泊まっていく。特に用事がある訳でもなく、そこそこ無口な人間が1人増えても特に場の雰囲気が変わるなんてこともなく、普段の日常と変わらないそれに研磨ももう随分と慣れた。
夕食の後、お決まりの流れで片付けをする研磨を手伝って居間とキッチンをウロウロとする赤葦に、そういえば、といつも何をしに来ているのかと尋ねた事がある。

「癒されに来てる」

そう真顔で言う様子に巫山戯ている要素は一切なく、更には黒尾のように頬を染めたり、焦ったりもしない。ただ純粋に、千歳の作るご飯が食べたいとかそういう事かとその時は理解したのだが  やっぱり違った、と分かったのはついさっき、研磨が千歳の部屋を覗いてしまったからである。

「あー・・・千歳に貸したままだ」

その日の夜中、ゲームを始めようとして、ヘッドホンが一つ足りないことに気がついた。他のものでも出来ない事はないが、耳が痛くなりにくいそれを気に入っていた為、いま返してもらおうと研磨は千歳の部屋へ向かった。いつも赤葦が泊まりに来る時は、夜中に配信やゲームを始める研磨の邪魔にならないようにと彼が千歳の部屋で寝ているのを知ってはいたものの、赤葦とも長い付き合いなので問題ないと思ったのだ。

そっと戸を引くと、部屋には布団が敷かれておらず、研磨は赤葦はどこで寝ているのかと首を捻ったと同時に、嫌な予感に襲われる。もしや、と抜き足差し足でベッドへと近づくと、案の定、そこには千歳に引っ付くようにして赤葦が眠っていた。

「ん・・・孤爪?」

物音を立てないように気をつけたものの、まだ眠りも浅かったのか、赤葦が掠れた声を出して顔を少し持ち上げた。あまり身動がせると千歳まで起こしてしまいそうだったので、研磨は目的の物を手に取るとベッドの方へまた近づいて、赤葦にそっと声をかける。

「貸してたもの返してもらいに来ただけ」
「そっか、」

暗闇で見にくいが、千歳の腕が赤葦の頭を胸に抱え込むような格好になっており、これが多分合意なのであろう事や、敷かれていないどころか押入れから出されてもいない布団に、これまでも研磨が知らないだけで一緒に寝ていたのだろうなあという事が分かって、何とも言い難い、出来れば知りたくなかったという気持ちが湧いてきて、そそくさとその場を離れた。



翌朝、起き抜けでぼんやりとしながらも朝食を作る手は危うげのない、いつもの様子の千歳を他所に、居間でテレビを眺めている赤葦に近寄って、昨晩の事を尋ねてみる。

「赤葦って、いつも千歳と寝てるの?」

そう尋ねた研磨に対して、珍しくもフッと赤葦が表情を緩めた。

「気になるの?」

逆に聞かれてしまった問いに、研磨はムッとして口を噤んだ。別に、千歳と赤葦がどういう関係だって確かに自分には関係のない事だ。

「…千歳さんてさ、何でも受け入れてくれるから、」

黙った研磨に対して、ぽろりと溢すように、赤葦が言葉を吐き出した。

「つい、縋りたくなる時がある」

そう言った赤葦の心理を研磨が推し量る事は出来なかった。けれど彼の言っている事は、研磨にも何となく分かった。千歳の包容力が高いのは言わずもがなで、そこに付け込んで研磨のこの生活は成り立っているのだから。

「・・・ちょっとだけ、分かる」
「うん、孤爪なら分かってくれるかなって思ってた」
「千歳って特に、後輩に甘いしね」
「うん。一個しか変わらないのにね」

サラダの入ったボールを抱えて居間へやって来た千歳が、なんの話?と首を傾けるのにやんわり微笑みつつと話を切り替える2人は、互いがこの優しすぎる人に何を抱えているのかをハッキリとはさせないままに、朝食の支度の出来たらしい彼を手伝うためにそっと席を立った。



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