それは神の思し召し

「佐久早〜?」
「あー、もう潰れたんか」

試合の後は打ち上げをする事が多い。
今日も、行きつけの居酒屋を半貸し切り状態にして、そこかしこで選手やスタッフが楽しそうに酒を酌み交わしている。侑はこくり、こくり、と船を漕ぎ始めた佐久早を見やって、呆れたように首を振った。

「なんで臣くんて大して飲めんのに毎回飲むん?」
「酒は好きなんじゃねえ?」

佐久早は酒が強くない。3杯も飲めば大抵ウトウトし始める。酒飲みの多いチーム内では、ほぼ最速で落ちるのが佐久早である。
潔癖症(自称、慎重なだけ)の気のある彼は、たとえ酔っ払ってしまったとしても、意地でも机に突っ伏したり、座敷に横になったりしてなるものかとでも思っているのか、危うげに身体を揺らしながら、けれど意識は僅かばかりに保っているのが常であった。今の侑の発言も聞こえていたのか、眠気でいつもより3割増で悪い目付きでこちらをチラリと睨み上げてくる。

「うるせえ・・・」

ぼそりとそう呟き、それから視線をぐるりと回す。今日も佐久早は"いつものところ"へ落ち着こうとしているようだったので、侑は邪魔をしてやろうと一足先に席を移動した。

「それでな、その猫がめっちゃちっこくて!」
「写真とかないの?」
「ある!見て!」

何を話しているのか知らないが、2人で仲良く肩を寄せ合ってスマホを覗き込む一つ上の男2人。

「なになに〜?」
「あ!ツムツムも見て!ねこ!」

酒が入っていつもより5割増しで楽しそうな木兎と、酒を飲んでもあまり顔色の変わらない諏訪部は、飲み会になるといつも気がつくと2人隣に並んで楽しそうに話をしている。元々友人同士で、東京や宮城に共通の友人も多いようなので話が弾むのだろう。そんな2人の楽しそうな様子を肴に周りの連中も微笑ましそうな顔をして酒を飲んでいる。この辺りだけなんだか空気が緩いのはこの2人の所為だろう。
侑はそんな諏訪部の隣、木兎と反対側に、グラス片手に腰を下ろした。

「へぇ〜、ちんまいなあ」
「めっちゃ警戒されてるじゃん」

クスクスと笑う諏訪部は、侑が隣へやって来た事も、間に誰かに入られないようにと少し距離の近い位置に座った事にも全く気がついていない。そういえばこの間、と木兎と話を続けて、それを侑にも分かるように説明を付け加えながら話してくれる。この時ばかりは木兎がそばに居てもなお、癒されると感じてしまうので、諏訪部の威力とは凄まじいものである。
そんな楽しい飲みの席に、ヌッ、と頭上の照明が遮られるようにして影がかかった。何事かと3人で上を見上げると、先程よりも更に機嫌の悪そうな佐久早が、侑を睨み付けながらそこへ立っていた。

「ちょっと・・・そこ退いてくんない」
「臣くんのが後から来たんやから遠慮せえや。俺らいま、仲良くお話し中ですぅー」

そう言い返せば、チッと盛大な舌打ちが帰ってきた。彼は決して侑を追ってきた訳ではなく、その隣の、チーム内でも一等心を許している諏訪部の側を目指してやってきたのだ。侑は今回もそうなるだろうなと分かっていて、その場所を一足先に占拠しておいた。だって、侑だとて諏訪部と仲良く話をしたいし、当たり前のように佐久早が甘やかされるのはやっぱり腹立たしいのである。

テコでも動く気のない侑を前にそのままどうするのかと思いきや、佐久早は再びチッと舌打ちを零し、その場にしゃがみ込むと、諏訪部の背中側から彼の肩に頭をすり寄せた。

「千歳さん、ねむい」

なんじゃその甘え方ッ!!と侑は目を剥いて佐久早を凝視した。自分潔癖症じゃなかったんかい、と。けれど諏訪部も木兎もそんな佐久早に対してこれといった反応をしておらず、もしかしなくともこの感じがデフォルトであるらしいことに驚愕を隠せない。

「聖臣、もう酔っちゃったの?」
「酔ってない、眠いだけ」
「それが酔ってるんだって」

諏訪部は肩越しに振り返るようにして、ふふふ、と柔らかく笑うと、そこそのまま座れ、と言って後ろを振り向いて、佐久早の手首を掴んだ。佐久早は他人に触られるのを嫌がる癖に諏訪部に触られるのには振り払うのすらしない。諏訪部は背中を貸す形で、投げ出されたその長い足を自分の身体の両脇から掘りごたつへ誘導した。侑もなぜか身に染みた癖で、思わず少し離れて場所を譲ってしまう。侑だけがこの流れに完全に気圧されていた。
そんな彼を放って目の前の2人の体勢は、諏訪部がもうすっかり佐久早の腕の中に背中を預けて収まるような形になっているのだが、本人達は理解してやっているのだろうか。

「それで研磨がさ、」
「アイツもうすっかり有名人だもんなー」
「ッッッてスルーできるかいッ!!」

そのまま会話を再開してしまう木兎と諏訪部に思わずツッコむと、2人して同じ角度で首を傾けるから侑はますます頭を抱えたくなった。諏訪部は見た目は普段と変わらないが、酔っていない訳ではないのだ。思考が緩くなるというか、いつもよりガードが甘くなるというか。他人に触ったり、触らせたりの許容値が上がるというか。そんなふうにいつにも増してゆるい人誑しが出来上がってしまっている現状に、ここまでか、と侑は頭を抱えたくなった。諏訪部の背中に張り付いている対諏訪部専用甘えん坊妖怪は、邪魔するなとばかりにまた舌打ちをしてくるし。

「聖臣が眠くなんのいつものことだろ?」
「オミオミが千歳にくっつくのもいつものことじゃん」
「いやいやいや、今のカッコわかっとる?後ろから抱き締められとんのやけど。男2人で何やっとんの」

侑のツッコミは至極当然で、完全無欠に正しい、然るべきツッコミである筈だ。なのになぜ。

「でも他に空いてないしなあ」
「部屋送る時もこんな感じじゃね?」
「たしかに!」
「いや、確かに!やないわ」

おかしいな、いつもは諏訪部の近くにいるとツッコミ疲れる事なんてないのに、今日は尽くツッコまされている気がする。木兎に対していつも思うことだが、折角侑が本来のボケを押し殺してまでツッコミに回っているにも関わらず、そのツッコミがこう、刺さっている気がしないというか、暖簾に腕押し状態なのだ。精神がゴリゴリと削られていくのである。

「聖臣はちゃんとお腹いっぱいになったの?」
「・・・帰ったらたべる」
「そっか。なに食べたい?」
「あれ、前食べたやつ・・・出汁の」

侑が頭を抱えているのなんてお構い無しに、東京組の会話はポンポンと進む。

「あー、出汁茶漬けなー。なんか乗せるのあるかなー。鶏むねのハムがあったかも」
「それがいい、あと千歳さん家の梅干し」
「うん、わかった」
「なにそれおれも!俺も食べたい!」

なんでみんな普通に会話しているのか。これが平常運転だというわけか?自分の方がおかしいのだらうか、と助けを求めるように辺りを見回した侑は、諏訪部に張り付く妖怪もその隣でボケボケしている元気玉も、そしてそういう者たちを引き寄せる磁石みたいな諏訪部も、なんならその横でなんとかツッコミをしようと奔走する侑でさえも  まとめて眺めて肴にしている監督率いるチームメイトやスタッフ達を目にして・・・このチームでの宿命を理解した。



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