「あれ?千歳は?」
「便所じゃないの?」
「ゴミ捨てじゃないか?」
「あ、なるほど」
昼食の弁当を食べ終わってから暫く。千歳の不在に首を傾けた菅原が、いつも助かるな〜などと考えていたこの時間。千歳は時間が出来たからと、黒尾に連絡をとっていた。
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side黒尾
「黒尾!」
「・・・おーす」
"昼飯終わったらちょっと会おうぜ"
そんな連絡が入っていたのを見て、口元をにやつかせた黒尾は隣にいた研磨に気持ちの悪いものを見る目で見られたが、行ってくれば、と背中を押されて昼食後の各々の休憩時間から1人抜け出していた。
「1回戦おめでとう」
「そっちもな」
黒尾の姿を見つけて駆け寄ってくる千歳の姿に胸の内をきゅう〜と掴まれながら、会えただけで満足できない触れたい欲求を脳内でぐるぐる巻きにする。自覚してから会うのは初めてで、男相手にこんな気持ちになる日が来るとはとどこか第三者的視点で見る自分もいた。頭の中ではそんな様々が順番に巡ってくるので随分と騒がしい。
「会えたな」
そう言って笑う千歳の顔に、ダメだやっぱり触れたい、と思ってしまってその腕を掴む。
「どーした?」
「自販機でも行こーぜ」
スタスタと少し歩いて、千歳が慌てて付いてきているのを見て、少し歩調を緩める。隣に並んで手を離すと、不思議そうに首を傾けながら見上げてくる千歳に、勝手に切なくなってしまった。そういうふうに思われていないのなんて当たり前なのに、分かっていても苦しいのだから、こういう感情はやはり厄介なのだ。
「試合、最後の方ちょっと見てたよ。相変わらず拾いまくって粘りまくってたな」
「すみませんねネバネバしてて」
「落としてたまるかって意志の強さを感じるバレーだなって」
ふふふ、と笑う千歳は本当に心から楽しそうで、自分のチームの試合はやはり別格なのだろうが、バレーというもの自体が本当に好きなのだなあという感じがする。
「当たり前だけど、色んなチームがいて、それぞれ違う強さがあって、それがやっぱりスゲー面白いな」
瞳をきらきらとさせて、こちらを見上げるその頭を、無言で撫でる。気を抜くと表情が緩みそうになっていけない。可愛すぎるだろ、何なのばかなの?
「?なんで俺撫でられてんの?」
「お前が楽しそうで何よりだナーって思って」
自販機で適当に飲み物を買って、サブアリーナへ足を向ける。梟谷の試合が見れるかもしれないな、と話していたところで、烏野のチビちゃん達に遭遇した。
「あ!黒尾さんだ!」
「チビちゃんちーす」
「ちわす!」
「山口もちーす」
なんだか見覚えのあるTシャツを大事そうに抱えた日向が、千歳に嬉しそうにそれを見せている。一生懸命に話す日向が可愛いのだろう、その頭をワシワシと撫でてやっている。そういうところ、後輩って本当にずるいなと思いながらも、黒尾に頭を撫でてもらう要素が全くないのも分かってる。ああ、触れたい。
「木兎さーんっ!!」
買ったばかりのTシャツを掲げて梟谷を応援する日向の半歩後ろで試合も日向も楽しげに眺めている千歳の背中にぴたりと貼り付いて、その頭に顎を乗せた。
「ちょうどいい高さ」
「黒尾てめっ」
ズレないように片腕を回して、これで精一杯だなあとため息を吐く。
「木兎しょんぼり中じゃん」
「だな」
「全然崩れないけど」
「ホンット嫌なチームだよ」
「あっ、こっち見た!木兎さーん!!」
日向を見た後の1本、赤葦が久しぶりに木兎へトスを上げる。ライン上、ズドン、と音のしそうな重くキレキレの一発がコートに落ちて、会場中がワッと盛り上がった。
「ホント、面白いやつ」
ふふふ、と千歳が声を出して笑う。同じものを見ていた黒尾も、口の端が持ち上がった。
梟谷はそのまま完全復活した木兎が決めまくり、危うげなく勝利を決めた。
「行くか」
「そだな」
「日向、山口。俺達先に行くな」
「あっ、ハイ!」
勝利に喜ぶ木兎や赤葦を見てから、くるりと背を向ける。次は、俺達だ。明日の2回戦、烏野の相手はIH準優勝校。勝たねば、俺達とは戦えない。
「じゃあ、またな」
「"また"な」
"また"に色々なものを詰めて、諏訪部とも別れる。俺達だって、明日の試合に勝たなければアイツ等とは戦えない 絶対に勝つ。自分達の手で、念願をこの手に掴んでみせる。