スタート地点未到達

今日から影山と月島はそれぞれ合宿に行ったため、いつもより少ない人数での練習になる。

「影山無事着いたかなあ」
「ルートは武ちゃんが細かく書いて渡したらしいし、大丈夫じゃないスか」

今頃、合宿所に着いている頃だろうかと菅原がぽつりと溢す。東京のナショナルトレーニングセンター、オリンピック選手も使用する国内のスポーツ最先端に、あの影山が1人で向かったというのは誇らしさこそあれど、交互に心配もやってきてしまう。うそ、心配が8割である。無事に辿り着けたのだろうか。

「ふりがなはちゃんとふったのかな…」
「え?」
「ふりがな…」
「・・・」

そんな菅原と田中の側で、縁下が不吉な事を呟いた。そう、あの、影山である。確かにあり得そうなその心配を忘れていた。大丈夫かな、という思いが加速するが、今更もうどうこうできるものでもなく、不安を抱えつつも無言で祈ることしかできない。

そして、

「日向がまだ来てないって珍しいな」
「・・・俺、嫌な予感がしてきた」
「え?」

なぜ、いつも一番乗りを譲らない日向が此処へまだ来ていないのだろう。千歳が眉間を押さえ、連絡してみると言って部室へ戻って行くのを見送った。

「はぁ・・・」
「あ、千歳さん。日向と連絡つきました?」
「それが…」

部室から戻って来た千歳を見つけて縁下が声をかけると、千歳はため息と共に今の状況を吐き出した。

「はっ?」
「日向、例の1年の強化合宿に乗り込んだらしいです。で今、白鳥沢にいるって…」

千歳から聞いたことを他の部員にも伝えると、菅原は表情を引きつらせて固まり、山口はスポドリを吹き出した。

「今、烏養さんが電話してて、千歳さんは武田先生を呼びに行きました」
「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃっ」
「やるなぁ翔陽」

田中は大爆笑で、西谷は逆にそわつきだす。

  ほんと、やってくれる」
「・・・」
「俺も行ってくる!!」
「コラコラコラ」

西谷がわちゃわちゃする中、澤村が静かに、低く、呟いた声に、聞こえていたメンツはピシリと背筋を伸ばした。これは怒っている、もの凄く怒っているぞ  触らぬ神に祟り無し。そっと距離を取り、準備を始める面々の心境は一つだった。



翌日。朝練前に澤村からこってりと絞られ、昼休みに坂ノ下商店で烏養に呆れられ、職員室で武田に一言物申されて、説教行脚が終わった日向は、田中に"あまり焦るな"と言われて、自分が確かに焦りを感じている事を自覚した。

「あ、日向いた」
「千歳さん、」

残り時間、無心で壁打ちをしていると、諏訪部が校舎から顔を出してこちらへ駆け寄ってきた。また怒られるかも、ときゅ、と目を瞑り身構えた日向は、その強張った両肩をそっと掴まれた感触に目蓋を持ち上げた。

「ボール拾いする宣言したって、コーチから聞いた」
「・・・はい」

顔を覗き込まれるようにして視線を合わせながら、そう言われた。そのままふわりと目の前の表情が綻ぶ。くしゃりと、頭が撫でられた。

「やるって決めたなら、出来ること、出来るだけやって来いよ」

説教ではなく、激励。そういえば、武田も、烏養も、澤村も、日向の身勝手さについて怒りこそすれ、挑戦することに対しては、一様に応援してくれているのだということをジワジワと理解する。瞳がじわりと熱くなる。

「・・・アッス!!」

目一杯瞳をひろげて、溢してなるものかとそれでも更に見開いて、大きく頷いた。すると正面が真っ暗になって、ぎゅ、と背中に腕が回された。

「お前なら大丈夫」

耳元で小さくそう囁かれた言葉に、溢さないと意地になっていたものがほんの少し、目の前の温かな胸に溢れたけれど、それを知らない振りをして、諏訪部は最後にもう一度日向の頭を撫でてから校舎へ戻って行った。



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