どこにも行かないで

レギュラス・ブラックには、素晴らしい姉がいた。
彼女は彼よりも3つ歳上で、とても優秀で、そしてとても優しい人だ。彼女は彼の目標であり、一番の理解者であり、何よりも大切な人であった。

「レギュラス」
「おかえりなさい、姉上」

クリスマス休暇、帰ってきたのは姉だけだった。
一つ上の兄がホグワーツへ入学して、早々にやらかしたと耳にしたのは入学式へと彼を見送った翌日の朝だった。姉の寄越した報せを見るなり母は怒りで荒れ狂い、父は全てを諦めたような無表情になり、過去最高に居心地の悪い家の中で、レギュラスは自分の部屋に逃げ込んだ。姉は両親に送るのとは別に、レギュラス個人に宛てた手紙も送っていてくれていたのである。そっと手紙を開くと、そこにはまず、兄がグリフィンドールに組分けされた事と、それについての彼女の感想が書いてあった。何と、両親に従順なはずの姉は、その組分け内容にホッとしたというのだ!どういうことかと読み進めていくと、もし兄がスリザリンになっていたら手がつけられないことになっていたのではないかとか、今までいくら矯正しようとしても無駄だったのだからそろそろ好きにさせてあげるべきだとか、シリウスに緑色のローブはやっぱり似合わないんじゃないかとか、そんな少し巫山戯たことまで書いてあった。
あの姉は、本当に兄を、そしてレギュラスを、父と母を、屋敷しもべのクリーチャーを、家族を大切に思ってくれている。だから、姉は家に反抗する兄に対しても何も言わない。本当に、好きにさせれば良いと思っているからだ。そして、そのぶん自分が優秀であれば良いだろうと、首席を取り続けているし、兄のことで悩める両親を宥めているし、こうして悶々としてしまうレギュラスに考えていることを吐露してくれる。兄はそれも知らず、理解しようとすらせず、彼女を蔑ろにする。兄のシリウスは、家では姉のことを母親の次に毛嫌いしていたのだ。なのに、姉はこんな時でも兄を庇う。レギュラスは憤慨するが、愚かな兄も兄なりに少し大人になったらしい。暫くしてからまた届いた姉からの手紙に、シリウスと仲直りしたと、そんな事が書いてあった。一度会って話をしたという。兄の今までの態度にも何も怒っていなかった姉が、情けない兄を勝手に許したのであろうことは察せられたが、姉が嬉しそうなのでレギュラスからは手紙だとしても何も言えなかった。どうせ、来年になればレギュラスもホグワーツへ入学するのだ。それまでの残りの期間を、こうして姉からの手紙を支えに居心地の悪い家の空気を乗り切るだけだ。

「おかえなさいませライジェルお嬢様!」
「ただいま、クリーチャー」

屋敷しもべのクリーチャーも、レギュラスの後から姉を出迎えに現れる。挨拶だけ済ませて荷物を受け取って姿を消す彼は、やはりとてもよく気が利く。姉が彼を家族だと言うように、レギュラスもこの屋敷しもべを大切にしていた。二人以外の家族は、そんな事は無いようだけれど。

「シリウスがレギュラスから返事が来ないと落ち込んでいたわ」
「・・・兄さんなんて、知りません」

兄はやはり気まずさもあって、家にはなるべく居たくないのだろう。レギュラスは未だに兄へ手紙を書いていなかった。だって、今まで姉の話も聞かずに彼女を蔑ろにしていた癖に、学校で姉を独り占めしているなんて狡い。姉の話を聞く限りでは仲良くしているらしいので、レギュラスはちょっと意地悪な気持ちになっていた。それすらも姉は理解しているのか、そんな様子のレギュラスに苦笑して頭を撫でてくれた。



クリスマスは、いつも忙しい父も家へ帰ってきて、家族で過ごすことが出来た。ここに兄が居ないということを寂しく思いながらも、それを口に出しはしない。不自然なほど、誰一人として兄について触れることがなかった。そして雰囲気が悪くなる事はなく最低限でも家族の時間が取り繕われていたのは、組分け直後から各親戚方面とやり取りをしながら、両親の負担を減らし、怒りを煽ることのないようにと手を尽くした姉のおかげなのだろう。

「お父様  シリウスの事ですけれど」

夜中、目が覚めてしまってリビングに降りようとしたレギュラスは、その潜められた声を微かに耳にして、階段に向かう手前で足を止めた。

「ライジェル、」
「手紙にも書きましたけれど、あの子が家の考え方に合わないというの既に分かっていた事でしょう。だから、自由にさせてあげても良いのではないかと思うんです」
「それは無理な事だと伝えたはずだ。あの子は嫡男なのだから」
「私が婿を取れば済むのではないですか」
「お前は  確かに優秀だが、」
「家を継ぐ者が、女であってはならない事などないでしょう。ただでさえ純血は少なくなっていて、維持するのが年々難しくなっているのに」
「ブラック家がしきたりを破るわけにはいかないだろう」
「あら、寧ろ時代に合わせた素晴らしい決断をしたと、先陣を切るのに良いタイミングだとは思いませんか?」
「ライジェル・・・」

珍しい、父の弱ったような声など。
姉は家に従順なようでいて、こうしてたまに過激な発言もする。こういう時の彼女は、本当にブラック家の  延いては世の中の先を見据えているようで蔑ろに出来ないのだと、いつか母が言っていた。けれど、いや、それどころでは無い。姉が、婿を取るだって・・・?

「良いご縁を探しましょう。優秀で、それでいて長男では無い良家の子息が良いですね。私も何人か目星をつけておきます」
「ああもう  お前は先走り過ぎだ!まだ私は何も決めていない」
「でも、」
「考えると言っているだろう。ほら、もう今日は寝なさい」

つらつらと並べられる姉の言葉に、レギュラスは目眩を覚えた。姉が誰かと結婚するなどと、まだまだ先の話だと思っていた。でも確かに、彼女より一つ歳上の従姉には既に婚約者がいるし、そういう話が出てもおかしくはない年齢なのだ。婿を取るということであれば家から出て行く事はないのかもしれないが、姉の要求を父が認めるのかも分からない。何よりも大切でレギュラスの一番の理解者が、この家から離れてしまったら  そう考えるだけで、世界が真っ暗になるようだった。



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