手をつないでいて

夏の休暇  学年の変わる休暇には、流石の兄も嫌々ながら家に帰ってきたけれど、大嫌いな家の中に大人しく家に籠ってなどいるはずもなく、早々に何処かへ出掛けてしまって、レギュラスと話す機会は全く無かった。
母はちょっとした拍子に泣いたり怒ったり喚いたりするようになり、父は機嫌が悪いのを隠そうともせず早々に仕事へ出掛けて行くようになってしまった。母を落ち着かせ、父へ手紙を送ったり会いに行ったりして家族をどうにかしようとする姉の努力すら、滑稽に見えてしまうほどだった  家族が壊れていく  兄が壊したと考えたくはなかったけれど、けれど、原因を作ったのは兄その人だったと、その事実は、もう言い逃れなど出来そうになかった。

  スリザリン!」

そんな息苦しい夏を終えた入学式、頭の上で数秒悩むそぶりを見せた帽子は、かねてからの希望通りの寮名を口にした。
しんと静まり返った広間の、一番端の寮から歓声が沸く。レギュラスは足早にそちらへ向かい、そして顔を上げた姉の方へ残りの距離を駆けた。良かった、これで大好きな姉の側にずっと居られるのだ!

  姉上!」
「レギュラス、おめでとう」

腕を広げて待っていてくれた姉は、家族にしか見せない柔らかな微笑みでレギュラスを抱きしめてくれた。その甘い香りを吸い込んで、レギュラスは満足気に息を吐く。視界の隅で、驚いたように瞳を丸める兄の姿が見えた。羨ましいだろうと、見せつけるくらいの気持ちだった。だって、レギュラスはまだ兄に怒っているのだ。



その少年は、容姿が己の友人にとても良く似ていて、けれど少しだけ背が低くて、そしてどこか冷たい空気を纏っていた。
賢さの滲み出る気品ある雰囲気は、綺麗な姿勢や、歩き方にあるのだと、彼と友人を見比べてはっきりと感じた。友人もただ黙って澄ましていればそういうふうに見えるのかもしれないが、いかんせん家への反発心からか緩められたネクタイや、気怠げな態度などでその利発さは掻き消えている。元の顔が綺麗なこともあって、それが頭の悪そうには見えないところが救いどころだろうか  まあとにかく、その見慣れすぎた友人と良く似た彼はどこからどう見ても彼の弟で、その彼はたったいま、我らの憎っくきスリザリンに組分けされた訳なのであるが。

「姉上!」

次の組分けは始まっていたが、未だ広間の半数くらいが彼の事を目で追っていただろう。ブラックという名前、そしてその美しい容姿、極め付けは、駆けていく先に居る人物の存在  

「レギュラス、おめでとう」

だから、いつも無表情な"氷の女王"の貴重な微笑みを目にした者は多かった筈だ。その美しい容貌を甘く柔らかく解けるように開いたそれは、とても魅力的だった。普段の表情からは想像できないような柔らかさが、その衝撃に拍車をかけているのだろう。隣の友人も、どうやらその中の一人のようだった。驚愕に瞳を見開いて、それから一瞬唇を噛んだのを、ジェームズは視界の端で見ていた。



朝昼晩の食事は勿論、夜の寮での時間も、レギュラスは姉にべったりだった。周りからは仲の良い姉弟だと言われたが、二人に直接関わってくるような強者はあまりおらず、親戚達が時たま近くにいるくらいで、あとは遠巻きに視線を感じる程度。やはり姉が他人に近寄ろうとしないのを分かっているから、その辺りはスリザリンらしく空気を読んでくれているようだ。

「どうしたの、レギュラス」

授業での素朴な疑問や、城の中のこと。時間が経つにつれ、スリザリン以外からも視線が増えているのをレギュラスは感じていた。姉を見るあからさまな視線の数々。それに思わず眉根を寄せていると、上の空だったレギュラスを心配した姉が此方を覗き込んだ。それに、何でもないですと返した翌日、レギュラスはよく知る人物から呼び出しを受けた。

「お前、あまり大広間で姉さんに近付くな」

それは、余りにも勝手な言い分だった。
久しぶりにまともな会話をすると思えば、会って早々に自分の要求を告げるなどと、この兄はやはりどこまでも愚かだとレギュラスは瞳を細めた。

「なぜそんな事を言われなければならないのでしょう」

貴方には関係ないという態度で顔を背けると、う、と兄は表情を歪める。嗚呼そういえば、姉からそろそろ許してあげてと言われていたような気がする。

「シリウス・ブラック」
  っ、レギュラス、おれは、」
「別に怒っていませんよ」

レギュラスの一言に、パッと顔を上げた兄を、にこりと見返して。

「貴方が今まで散々姉上を嫌っていた癖に突然手のひらを返した事だとか、調子よく姉上に頼りきっている事だとか、家のゴタゴタを姉上が必死で取り繕っている事にまるで知らん顔をしている事だとか、僕は全然まったく、これっぽっちも  怒っていませんよ」
「れ、レギュラス・・・」

がく、と肩を落とした兄は、悪かったと小さく呟いた。兄がグリフィンドールに組分けされてからずっと今まで続いていたレギュラスの怒りの矛先が、組分けそのものへ向いていないという事は早いうちに察していたらしく、驚いた反応はしなかった。この人は愚かだが、頭が悪い訳では無いのだ。

「姉さんには、きちんと今までのことを謝ってる。甘えてるのは確かだが・・・それは、お前も同じだろ?」
「ええ、そうですね。だから僕は今年から姉上を独り占めするのだと決めていますし」

お前だって甘えているのだから、良いだろうとは兄の言い分で。去年まで独り占めしていたのだから僕にもさせろとはレギュラスの言い分だった。そして、その独り占めというところで兄が思い出したかのように顔を上げる。

「レギュラス!だから、それはある程度分かったから、それよりも、アイツの緩んだ顔を外で出させるのをやめろ!」
「姉上をアイツ呼ばわりですか?下品な言葉使いで姉上の事を呼ばないでください」
「ああもう!今はそういう話じゃないんだよ!」

頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜて憤慨する兄に言わせると、こうである。
去年まで、姉は一切無表情でにこりともせず日々を過ごしていたのに、その美しい容姿は人目を惹いていた。けれどその近寄り難い雰囲気からあからさまに好意を向ける者は少なかったそうだ。それこそ、スリザリンの家名に自信のある一握りくらいしか居なかったらしい。それが、今年に入って変わっているという。レギュラスという存在の所為で、彼女は柔らかい表情をするようになった。それは弟へ向けるものだけだと誰しもが分かっているが、もし、あれが己に向けられたのならと想像することは容易い。今まで無表情だった彼女が、自分だけにあの柔らかなものを向けてくれたのなら  そういった有り得ない空想を思い描く者が増えている為に、彼女へ向く視線が明らかに増えているのだという。

「その視線なら、僕も気がついています」
「じゃあ!」

けれどそれは、姉の策略の内の一つであるかもしれない。彼女はいま、優秀な純血の婿を探しているはずだ。兄の心配通り、姉のところには屡々お誘いの手紙が届けられている。たくさん来るようになったそれらを見て、彼女はいつだったか、"ちょうど良いわね"と呟いていた。届いた手紙を集めて、家名を確認したり、兄弟の有無を調べたり、差出人の成績を調べたり  そして最終的には処分する、その一連を知っているのは常に近くにいるレギュラスだけだ。レギュラスの前でも隠そうと思えば隠せるはずなので、その辺りは気にしていないようだった。そして、未だお眼鏡に叶うお誘いは無い。
  けれど、そんな話を兄にしたところで、きっと怒って邪魔をするようになるだけだろう。あからさまに兄がこちらに関わることも、この思惑の邪魔をされることも、姉の望むところではないと知っているレギュラスは、この事を兄に教えたりしない。

「問題ないでしょう、近寄ってくることすら出来ないようですから」
「お前は姉さんがその辺の男に邪な目で見られても平気だって言うのか?」
「兄さん、」

本当に嫌そうに表情を歪めた兄が、声を低くする。そんなことを言われれば、レギュラスだって嫌だと思っている。けれどそれはもう、どうしようもない話だ。姉は兄弟の贔屓目抜きにしても美しいのだ。そういう視線を本当に無くそうと思ったら、もう彼女を閉じ込めておくしかないだろう。

「・・・悪い、無理なことは分かってるんだ。でも、俺はあまり傍にいられないから」

兄は兄なりに、色々な事を考えているのだろう。姉との関係性や、家のこと。そうだ、この人は底抜けに優しい人だった。この人が、姉が色々と手を回している事に気が付かない筈がなかった。子供ながらに誰かを貶めたり、マグルやマグル生まれを差別したりが受け入れられずに、家に反発するようになった兄に、レギュラスは憧れていたのだった。成長と共に色んな事が目眩しになり、そんな幼い頃の淡い記憶すら忘れてしまっていた。

「兄さん」

レギュラスは、久しぶりに兄を穏やかな気持ちで見つめる事が出来た。

「今度、三人でお茶でもしましょう」

その時に二人で姉に釘をさせば少しは気をつけてくれるかもしれないと、そう言ってレギュラスは兄へ久方ぶりの笑顔を向けた。



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