遠いまぼろし

小さな頃から、パーティーが嫌いだった。
いつもは優しい父も母も、夜会やお茶会のような大人の集まりとなると、途端に外行きの顔になり、私や弟達にも、ブラック家の名に泥を塗らぬようにと、大人しくしていることを求めた。お淑やかにすること自体に嫌気を感じていた訳じゃない。そこここで繰り広げられる大人達の話題を耳にする度にそこに仄暗いものを見てしまい、それになるべく近寄りたくなかったのだ。いつもは厳しくも優しい父と母がその輪の中に居るというのも、それらが堪らなく嫌な原因だった。物心つくようになってからはじまった、他家からの子息の押し売りもそれに拍車をかける。
まあ、私はそういう気持ちを表に出した事など無かったが。

一通り挨拶回りを終えると、私は庭に出て草花の合間を抜けながら弟を探す。彼も私と同じ  いや、それ以上の  パーティー嫌いだが、私ほどの忍耐力は持ち合わせていないらしく、いつも早々に逃げ出すからだ。

「シリウス?」

今日も案の定会場に見当たらない弟を探して、私はテラスから庭へと降りた。ここのお家は薔薇園が素晴らしくて、甘くむせ返るような匂いに包まれながら、その甘やかな色合いを楽しむ。これでは弟を探すなどというのは息抜きの口実か何かのようになってしまう  そう考え始めたとき、庭の少し奥まったところ、小さな四阿の方からすすり泣く声が聞こえて、私はそちらへ足を進めた。

「くるなっ!!」

2つ歳下の弟は、あちらこちらから声がかかる事にも、父と母の表情が変わることにも、むせ返るような奥様方の香水の香りにも、上部だけの腹の探り合いにも、何にも我慢がならず、いつも、こうして逃げてばかりいた。

「泣いてるの?」
「泣いてない!」

少し声が震えてしまったのがわかったのか、此方を見ようとしない彼の背中は、まだ泣きたい気持ちを抑えられないのか  震えているように見えた。私は彼に近付いて、そんな彼の背を撫でる。

「さわるなよ、」

言葉はキツイが抵抗はしてこない彼は、また涙が溢れたのか鼻をグズグズ言わせている。顔を擦らないようにとハンカチを差し出して、小さな肩に凭れかかるようにすると、ぴくりと小さく反応した。

「お庭を散歩していたら、ちょうど良いところに休む場所があったから座っているだけよ。私はなんにも見てないわ」

私がそう言うと、彼はとうとう本格的に泣きだした。いつも彼なりに我慢しているものが、今日こそは決壊してしまったらしい。

「私も、パーティーって好きじゃないわ。楽しいことをするために集まるんじゃなくて、なんだかみんな、悪い話をするために集まっているようだもの。お父様も、お母様も、嫌な顔しかしなくなるし」

私は独り言、と称して彼に語りかけた。

「どこかのお家の御子息を紹介されるのなんて、もう真っ平だわ。学校へ通うようになったら、もっとこれが増えるのかと思うとやってられない」

私は自分のこういう考えを、外に出した事などこれまで一度もなかった。いけないものだと知っていたし、私は我慢強い方だったから。シリウスは反抗心の塊のような自分を、ブラック家では誰も理解してくれないと思っている節があるから、決してそうではないのだと、教えてあげたかった。同じように感じていると、一人じゃないと、そう、言ってあげたくなってしまった。
彼は私から背けるようにしていた顔を上げて、おずおずと此方を見た。

「姉さんでも、そんな風に思うのか・・・?」
「ええ、そうよ。・・・ふふ、シリウス、酷い顔だわ」

泣いて目が充血して鼻が赤くなっていたのが可笑しくて、私は少し笑ってしまう。

「っ!わ、笑うな!」

彼はまた腕でゴシゴシと目をこするから、そんなにしたらダメ、と私はその腕を止めて、彼の瞼の上に手を当てた。

「…つめたい」

冷えた私の手は彼の火照った瞼を冷やすのにぴったりで、彼は気持ちが良いのか、さっきまでの反抗的な様子を潜めさせてそのまま大人しくしながら、ポツポツと思いを口にしていた。やがて泣き疲れたのかウトウトし始め、終いには私の肩に頭を預けて寝てしまったようだった。

  シリウス?」

息をひとつ吐き出して、私はその身体をそっと横たえると、膝の上に頭を乗せて、彼の頬に残る泣き跡をそっと拭う。しばらく冷やしてあげれば、戻れるくらいの顔に戻るだろう。もう一度瞼を覆うように冷えたままの指先を乗せて、私も少し休もうと瞼を下ろした。

これはほんの幼い頃、私と真ん中の弟が、まだまともに会話をしていた頃のお話。今はもう、遠い昔のこと。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -