君に幸あれ

  シリウスには姉が一人いる。
彼女は入学時から主席を取り続けるほど優秀なスリザリン生で、両親の自慢の種であった。それに引き換えシリウスは、口を開けば反抗する上、頭の出来は悪くないのに悪戯などのヤンチャばかりで、両親にとっては悩みの種。幼い頃から完璧な姉と比べられて育てば反抗心だって沸くだろうとは、シリウスの勝手な言い分であった。
あの、学校中 特にスリザリンを 震撼させた組分けから一夜明け、シリウスは内心ドギマギとしながら、しかし表面上は至って平静を装って朝食の大広間へ向かっていた。生憎、幼い頃から度重なるパーティーの所為でポーカーフェイスはお手の物となっていたし、まだ付き合いの浅い友人達にはこの時のシリウスの内心まで推し量ることは不可能だったろう。シリウスの心中がぐるぐると渦巻いている事など彼等は知る由も無い。昨晩の事などとうに伝わっている筈の実家からの反応や、親戚各方面からの罵倒、そして何より恐れていたのは、

  シリウス」
「・・・」
「ちょっと、来てくれる?」

朝からケラケラと楽しげに会話しながら歩いていた4人の足を止めたのは、無愛想に冷めた眼差しを此方へと向ける姉だった。



彼女はシリウスを手近な空き教室に連れ込むと、心配半分面白半分で後をつけて来ていたジェームズ達の為に邪魔避け呪文をかけ、ひとつ息を吐くと、こちらへクルリと振り向いた。

「何のよ、」

何の用なのかと、口を開きかけたシリウスの身体は、次の瞬間  温かなものに包まれていた。
はた、と止まった思考からその状況を呑み込んで、それでも、どうしてこうなるのか理解できなくなった。いや、本当はどこかで分かっていたのかもしれない。家に従順で、己と比べられる所以を作る姉の事を勝手に嫌って邪険にしていたけれど  彼女はそう、昔から、いつも"ブラック家長男"ではなく、"シリウス"の事を見てくれていた。

  に、すんだよ」

憎まれ口は、掠れて殆ど音にならなかった。

「うん?」

柔らかな声をこんなに近くで聞いたのは、一体いつ振りだっただろうか。母親の叱責に喚き散らして、いつも此方を冷静に見つめている彼女にすら、八つ当たりのような暴言を吐いてきた。何もかもを気に入らないと当たり散らして、課せられる全てから逃げてばかりいたのに。なのに、この姉は、こんなにも優しく、シリウスを包む。

「おれ、俺っ、グリフィンドールだった・・・!」
「うん」
「スリザリンじゃなかった!」
「うん」
「純血の血を破ってやった!」
「うん」
「でも、」

母は怒り狂って発狂しているだろうか  父はもうシリウスに見向きもしなくなるかもしれない  それに  それに、実家に残してきた弟は、シリウスのことをどう思うようになるのだろうか  

「おれ、もう家族じゃない・・・?」

あんなに、嫌で嫌で仕方がなかったこの"名"が、いざ手放すとなると途端に怖くなって、姉の背にぎゅうと腕を回してしがみ付いた。こんな気持ちが腹の底に眠っていたなんて自分でも知りもしなかったのに。当たり前のように、優しく柔らかく、彼女は俺に手を差し伸べる。

「どんなことがあっても、貴方は私の大切な弟に変わりはないの」

シリウスの虚勢や強がりも、胸に燻っていた気持ちを全て吐き出させるように。
こんな近くに何よりも心強い味方がいたことを、シリウスは漸く思い出したのだった。



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