君を咬み殺す3 | ナノ




入り乱れる前線
「……ごめんなさい、雲雀さん…っ」
 やっと告げられた謝罪の言葉は、こみ上げる嗚咽に滲み掠れる。

「……こんな、未来があるとわかっていたなら……僕は、雛香をいつまでも、どくせん、したりなんて、っ、」
「……宮野雛乃」
「雛香の気持ちなんて、わかってた、のに」
「……、」
「僕が、僕の、せいで、」
「雛乃」

 ぐいっ。

 は。
 両手に埋めていた顔を上げれば、目の前に、黒いスーツの肩が見えた。
 手荒く抱き寄せられるその暖かさは、

 間違いなく、目の前の彼の腕の感触で。

「……静かにしろ。今何時だと思ってんの」
「……ひば、」
「君の気持ちはわかった。だからもういい黙れ」
「……え、」
「24にもなってびいびい泣くな。みっともない」
「……は……」

 頭をぐっと押さえつける手は、暖かく力強く。
 ただ頬をつたう涙だけが、妙に冷たく湿っていた。

「……雲雀、さん」
「なに」
「……ありがとう、ございます」


 やっと。
 やっと言えた、と思った。

 ずっと、自分の中にわだかまっていた。ぐちゃぐちゃで醜い、浅ましい感情たち。

 雛香の気持ちを無視した。
 雲雀のもとへ行かないよう願った。
 自分のもとに繋ぎ止めた。

 子どもっぽい独占欲と、ありえないとわかっていながらも、
 雛香から向けられる愛情を失うんじゃないかと思うと、怖くて。
 でも、そんな自分の行動は、
 雛香を失ってから、全て刺すような痛みと後悔に変わって、この身を焼いた。


 言えば良かった。見送ればよかった。
 雛香を、彼が本当に求めたその相手のもとへ、ただ笑って送り出せばよかった。

 だって、


 雲雀の隣にいる雛香は、
 いつだってこれ以上なく優しく、満ち足りた表情をしていたから。



「……雲雀、さんッ……」
「……何、まだあるの」
「……雛香に、言うべきです……」
「……言えるわけないでしょ、今更」
「でも、」
「……言って、どうなるというの」

 雲雀の肩に押しつけていた顔を上げる。
 腕を離した雲雀は、小さく笑んでいた。

 全てをとっくに手放したような、
 そんな、およそ彼らしくない、諦めたような儚げな笑みで。



「……僕が、雛香を殺しただなんて」



 カタン。
「……は」

「「!」」
 バッと振り返った2人の背後、大きく目を見開き、立ち尽くす相手。

 廊下の奥、目を見開き、
 こちらを見つめる宮野雛香は、呆然とした表情で立ち尽くしていた。





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