悲しい駆け引き
カツ、カツ、カツ。
足音が、高く響く。
「――雲雀さん」
「何か用かい?宮野雛乃」
呼びかけた雛乃に、振り向きもせず廊下を歩く雲雀。
「……ありがとうございました」
「何のお礼かわからないな」
むしろ、礼を言うのは僕の方かな。
こちらに背を向け淡々と言い放つ雲雀に、雛乃は呼吸が苦しくなるのを感じた。
「……雲雀、さん」
「君のおかげで、10年前から来た宮野雛香は、自らの死にさほどショックも受けないし、精神的な要因による体への負担も減るだろう」
良いことづくめじゃない。
まるで揶揄するように投げられる言葉に、雛乃はぐっと唇を噛み足早に駆け寄る。
絶対に振り返らない、黒い背中に向かって。
「……雲雀さん」
「何、用は済んだでしょ」
「……雲雀さん!」
「煩いよ、君」
何、咬み殺されたいの?
やっと振り向き立ち止まった雲雀に、肩で息をする雛乃はまっすぐ向かい合う。
「……こんなの、間違ってると思います」
「何が?」
今にも泣きだしそうなくせに、ぎらぎら光る訴えるような黒い瞳。
「…雛香は、本当の事を言っても傷付きませんよ」
「何言ってるの」
「むしろ、その方が雛香にとって良いと思います、僕は」
「君が嘘をつきたくないだけじゃないの?」
「違う!!」
響いた大声が、虚ろに廊下に木霊した。
「……雲雀さん」
初めて聞くと言っていい、雛乃の鋭い叫び声。
しかしそれに僅かも動じず、雲雀は無表情に見下ろした。
ずいぶん上にある彼の顔をまっすぐに見据え、雛乃は泣きそうな顔をする。
「……雛香は、兄は……愛していました。あなたを、確かに……」
だから。
「……本当に庇ったのは雲雀さんだと、伝えるべきです」
本当の、真実を。