君を咬み殺す3 | ナノ




悲しい駆け引き
 カツ、カツ、カツ。
 足音が、高く響く。

「――雲雀さん」
「何か用かい?宮野雛乃」

 呼びかけた雛乃に、振り向きもせず廊下を歩く雲雀。

「……ありがとうございました」
「何のお礼かわからないな」
 むしろ、礼を言うのは僕の方かな。

 こちらに背を向け淡々と言い放つ雲雀に、雛乃は呼吸が苦しくなるのを感じた。

「……雲雀、さん」
「君のおかげで、10年前から来た宮野雛香は、自らの死にさほどショックも受けないし、精神的な要因による体への負担も減るだろう」

 良いことづくめじゃない。
 まるで揶揄するように投げられる言葉に、雛乃はぐっと唇を噛み足早に駆け寄る。
 絶対に振り返らない、黒い背中に向かって。

「……雲雀さん」
「何、用は済んだでしょ」
「……雲雀さん!」
「煩いよ、君」

 何、咬み殺されたいの?
 やっと振り向き立ち止まった雲雀に、肩で息をする雛乃はまっすぐ向かい合う。

「……こんなの、間違ってると思います」
「何が?」

 今にも泣きだしそうなくせに、ぎらぎら光る訴えるような黒い瞳。

「…雛香は、本当の事を言っても傷付きませんよ」
「何言ってるの」
「むしろ、その方が雛香にとって良いと思います、僕は」
「君が嘘をつきたくないだけじゃないの?」
「違う!!」

 響いた大声が、虚ろに廊下に木霊した。

「……雲雀さん」
 初めて聞くと言っていい、雛乃の鋭い叫び声。
 しかしそれに僅かも動じず、雲雀は無表情に見下ろした。
 ずいぶん上にある彼の顔をまっすぐに見据え、雛乃は泣きそうな顔をする。


「……雛香は、兄は……愛していました。あなたを、確かに……」

 だから。


「……本当に庇ったのは雲雀さんだと、伝えるべきです」


 本当の、真実を。





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