死から始まる状況確認
たしかずいぶん前にも述べたけど、俺は平穏な日常なんて信じない。
だってそれは偽りだし、いつ裏切ってくかなんてわからないものだから、と。
だが、さすがにこの展開は予想してなかった。
***
「……わー、立派な棺桶だな」
とりあえず呟く。
黒い表面を撫でれば、よく手入れされているのかさほど汚れが指に付くこともなく。あるいは、別の可能性もあるけど。
例えば、自分が死んだのかつい最近、だとか。
「……ここどこだよ」
雛香は辺りを見渡し途方に暮れた。
頭上まで伸びるは木、木、木。
僅かに覗く空までも覆い尽くすそれらは、どこまでも同じように類似した体勢で立ち並んでおり、
つまりここは。
「……森、てことでオッケー?」
***
嫌な予感はした。
だが気が付くのが遅すぎた。
珍しく雛乃が忘れ物をして、僕取りに行ってくる!え俺も行くよ、だめだよ、雛香遅刻しちゃう、ほら先行ってて!と強引に押し出されて。
家へと駆け戻ってゆく雛乃にかなり後ろ髪を引かれながら、仕方なしに1人学校へと歩みだした、
次の瞬間。
ドォン!
「――っ!」
とっさにナイフを出してしまった、己の習性を呪う。銃だったら連射の反動で避けられたかもしれないのに。
急激に落下していく、そんな最高に気持ちの悪い感覚とともに目が覚めて。
視界を覆う黒い天井をどかしたら、
これだ。
***
「……雛乃、無事かな」
さほど自分の死にショックは受けなかった。
いや始めはさすがに動揺したが、しょせんはなから『催眠』の反動でぼろぼろの身体だ。死はそう遠いものではない。
元々、雛乃が幸せになるのを見届ければ死んでもいいと思っていたからというのもある。
だからこそ。
「俺1人の墓しかない……ってことは、雛乃は無事なんだろうけど」
辺りを見ても、それらしき物も何かが埋まっている様子も見られない。
2人死んだとしたら、まずまちがいなく離されて墓が作られることはないだろうし(そんなことになったら祟り尽くしてやる)、雛乃は無事なのだろう。
そう考えて、安心した。
「……とりあえず、ここがどこかっていうことを把握しないとな」
冷静になってきた脳内で、思考を整頓させる。
並盛に辿り着くまでは雛乃とあちこちを転々としてきた身、どこであろうともそう困らない自信はある。
が。
「……あとは、5分経っても過去に戻れない方が問題だな」
バズーカの故障か、それとも他の要因か。
なんにしても、戻れない、ということは。
脳裏に浮かぶ、泣きそうな顔をした弟。
「……なんとか戻る方法を見つけないと」
雛香は懐のナイフと銃を確認すると、
自らの棺桶にくるりと背を向け、一度も振り返ることなく走り出した。