告げないことば
散々泣いた後に(途中から本気で呆れられるほどだった)頭をぽんぽん撫でられて、これまでにない優しい手つきにすっかり和んだつもりでいた、
のだが。
「……おい待て、この状態は何なんだ雲雀」
「仕切り直し」
「だっれが仕切り直しだおいお前」
「ほんと煩いね。大体初めてじゃないんでしょ、君」
「……どこで知ったそれ」
手をつき追い詰めた雲雀の下、目元を引き攣らせた雛香が問う。
「24の君に。君、酔うとあれこれ喋るクセがあるんだよ。その時聞いた」
「……10年後の俺死ね……」
呻くようにそう言って、雛香は片手で顔を押さえる。
「……そりゃ、12,3歳の子供が2人で逃亡生活なんて簡単なわけないでしょ。体差し出す程度なら、予想済みだったよ。……まさか、子供を相手にするような趣味の男がいるとは思ってもみなかったけど」
「……そこまで話したのかよ……世の中いろんな奴がいるんです、とだけ言っておく……」
「別にどうでもいいよ。ムカつくけれど」
ばっさり切り捨てるようにそう言って、雲雀は雛香の口に噛みついた。
「んっ……っ、お、まえッ、」
「はあ……何?」
顔を離せば、真っ赤になった少年の顔が目に飛び込んだ。うすぼんやりとしたランプの明かりでも、十分なほどよく見える。
……正直、あまりよろしくない光景だ。抑えがきかなくなりそうで。
「……ッ、だ、からっ、」
「……?」
「す……好きな奴とやんのは、初めてだって言ってんだよ!」
一瞬、目をしばたかせた雲雀は――言葉の意味を理解すると同時に、口元を押さえた。
「……な、んだよ!笑いたいなら笑えっての!」
「……いや、君ね……ほんと、無自覚ってタチ悪い……」
「は?何が言いたいんだよ」
口を手で覆い、目線を逸らす雲雀に雛香が疑問の目を向ける。
だが雲雀は目を横に逸らしたまま、下を向けずにいた。
――好きな奴とやんのは、初めてなんだよ!
何それ、と思わず声に出る。
何なんだそれは――可愛すぎるだろう。
「反則」
「は、ぁ?!、っ」
小煩い口はすぐに塞ぎにかかる。そのまま唇を割り開けば、あっさり小さな口は隙間を開けた。
そこに舌を差し込み、奥へ絡める。唇を強く吸えば、んん、と喘ぐような声が聞こえた。
ぞくり、と背筋が震える。
不味いな、そう思ったのは一瞬で、すぐに体は理性を軽く飛び越え動き始める。顔を傾けて深く舌を絡め直して、びくりと跳ねる彼の手を握ってシーツに押し付けて。
うっすら開いた雛香の目が、綺麗に濡れて赤く色めく。片方だけ指をほどいてそのまま首筋に滑らせれば、不憫なほどに細い肩が強張った。
力、抜いて。
唇を重ねたまま目だけで訴えたが、おそらく届いていないのだろう。黒い瞳は溜めきれない涙をこぼしながら、ゆるゆるとこちらを見つめ返しただけだった。
可愛い。
駄目だ。瞬時にそう悟る。
14の少年に手を出すほど愚かではないと思っていたのだが――とんだ見込み違いだった。これは、無理だ。
無垢なものに手を出し壊しているような、微妙な背徳感と高揚感、それらがない交ぜになってぞくぞくする。
やっと自分のものになった彼は、自分のものにしていいのだと思えたこの少年は――あまりに可愛くて愛しくて、離したくない。
絶対に言ってやらないけど、と雲雀は心中で呟いた。
そう、
目の前で涙を零し肩を震わせる、そのあどけない姿を見ながら思う。
絶対に口にしないけれど、でも確かに、彼がいなくなったらー自分は、生きていけない。もう一度彼を失うことを、誰よりも自分が1番恐れている。
それは、認めざるをえない事実だった。
「……雛香」
やっと解放してやって、すっかり息の上がった相手のこめかみにキスを落としてやる。
「好きだ」
そう、好きだ。ずっと前から、君のことが。
はあ、と深く息をついた雛香を眺め、雲雀は耳朶に舌を差し込んだ。
ひくっ、としゃくるように喉を引きつらせた相手の頬を、宥めるようにゆるく撫でる。
好きだ。雛香。
それでも、たったひとつの言葉だけは、絶対に告げてやらない。
自分を勝手に庇って置いていった、あの青年が、ある意味目の前の少年が、卑怯にも残していった――あの、ことば。
『……愛して、るから』
そう、その言葉だけは絶対に。
口元を押さえ、赤く染まる目元を背ける少年の首へ舌を這わせながら、雲雀は内心だけで誓う。
君が帰ってくるまでは――絶対に、言ってやらないから。