夜襲の始まり
《……ってわけで、僕は(すっごく不本意ながら)ツナ達とミルフィオーレに向かってるよ(ほんとはすっごく雛香の側にいたいんだけど)。そっちは大丈夫?》
「ああ……雲雀があらかた片付けたよ。大丈夫だ」
《……そう?なんかすごく疲れてない?》
「や……寝不足で」
《ハ?》
左耳に取り付けた通信機から届く雛乃の声に、雛香は横目でちらり、戦闘の様子を眺めながら嘆息する。
あらかた――その通りだ。あとは残党を嬉々としてなぎ倒す、黒い姿が見えるだけで。
《……合流したらちょっと色々聞かせてもらうとして、雛香は大丈夫なんだね?》
「うん。これっぽっちもケガしてない」
《良かった……すっごい不服ながら雲雀さんが守ってくれると思うけど、気を付けてね》
「雛乃、かっこが消えてるぞ。心の内が全部漏れてる」
《え、嘘だ!雛香のことが好きすぎて…》
《雛乃!だからお前は空気を読めと言ってるだろうがこの雰囲気クラッシャーが!》
《ちょっ、ラル!僕と雛香の愛の時間を!》
《相変わらず極限に兄バカだな雛乃は!》
《兄バカじゃないよ笹川先輩!ブラコンなんだよ!!》
《クソうるっせーんだよアホ宮野!ギャアギャアうるせーのは10年前のてめぇだけで十分だっての!!》
耳元で一気に溢れだした仲間たちの声に、雛香は思わず通信機を耳から離して苦笑する。
獄寺の声を聞いた時には胸がちくりと痛んだが、元気そうなその様子にほっとした。
……良かった。昨夜のケガは無いようだ。
「雛香」
不意に名前を呼ばれた。
機械ごしでない、鮮明なその声音に顔を上げる。
「雲雀」
「新たなお出ましだよ。君の休憩もここまでだ」
ついっと指差された方を見れば、破壊された天井からまたも突入してくる黒白の群れ。
「うわーお……」
「ワクワクするね」
ぺろり、舌なめずりする相手を横目に息を吐く。
「……どこまでも戦闘狂……」
「まあ誰もかれも、君ほど楽しませてくれないけどね」
さらりと言われた言葉に、取り出した匣を危うく落としかけた。
もう一度通信機を付け直しながら、雛香は平然を装って口を開く。
「そりゃ俺は強いからな」
「そう?昨日の半泣きの君にも僕は楽しませてもらったけど」
今度こそ手の平から匣が落ちた。
「……っ、おい雲雀ッ!」
「何?」
しれっと返してくる。くそ、こいつめ。
「、あ、のな、そういうことは、」
《……ちょっと待って雛香、》
突然耳元で響いた声に、雛香はビクリと肩を震わせる。
しまった――まだ、通信切れてなかったのか。
《どういうこと?ねえ今何か聞こえたんだけどどういう意味かな?雲雀さん聞こえてますよね?ちょっと答えてください返答次第では確実に殺します僕の可愛い雛香に何を》ブチッ。
「……あ」
「ほんと煩い」
雛香の耳元、通信機のスイッチをあっさり切った雲雀が言う。
「……切ってよかったのか」
「いいよ。どっちにしても、君の弟のブラコン語りにこれ以上付き合ってるヒマはないからね」
「……あー、なるほど」
雲雀が向き直る先には、すっかり戦闘態勢を整えた隊員服の群れ。
いつかのγを思い起こさせるその姿に、雛香は一瞬顔をしかめ――
「ケル、行くぞ」
橙の匣に、燃え上がるリングを嵌めた。