君を咬み殺す3 | ナノ




彼が下す決断は
 ぴん、と張り詰めた空気の会議室で、時計の秒針だけが微かな音を立てる。
 青い顔をして黙り込むツナ、そして他の面々の暗い面持ちに、机上の空気はかなり深刻なものに陥っていたが――。

 ウィイン、という機械音とともに、
「クロームは無事だ、ツナ!」
「雛香くん!」

 自動扉が開くのも待たずに飛び込んできた、1人の少年により場の陰りは一気に払拭された。


***




「何やってたんだ……って疲れてねぇか、てめぇ」
「ん、まあ……後押し?」
「は?意味不明」

 草壁がクロームの状況を説明しているのをよそに、雛香は深く息を吐いて自分の分の椅子を引いた。
 その横、声をかけた獄寺はひょいとおもむろに指を伸ばす。

「?!」
「何だよ、動くなっての」

 反射的に身構えた雛香の前髪をさらりと撫で、獄寺はあっさり身を引いていった。

「……何のつもりだよ」
「疲れてんな、っつうのを再確認」
「……何のために……てか、前髪分けた意味は?」
「オレが触りたかっただけだ」
「さ、」
 思わず絶句する。
 とりあえず横を見ないようにして椅子に座った。
 下手に口を開けば、なんというかぼろが出そうな気がした。こう、動揺を隠すためなのがばればれの、しどろもどろな態度とか。
 軽い罰ゲームみたいな内心の雛香にとっては非常に嬉しくない。嫌かと聞かれたら困るのだが、かといって顔が赤くなるのは不本意だ。不意打ちなのがタチが悪い、本当に。

 そのやりとりを見ていた雲雀は、眉をぴくりと動かした。が、そのまま壁に背を預ける。
 ちなみにその横、同じく壁際に立つ雛乃はとてつもなく良い笑顔を浮かべていた。心臓が弱い人の閲覧は禁止するレベルの笑みである。


「……だがどっちみち、5日後にクロームは戦えそうにないな」

 状況を聞いたリボーンが口を開く。
「……痛いな」と了平は小さく呟いた。

「心配するな」

 再び暗くなる場に、凛とした声が響く。

「クロームの不足分はオレが補う」
「そんなこと任せられるわけねーだろ」

 真剣な顔で宣言したラルを、しかし一蹴するのはリボーンの声。

「お前、今座ってんのもしんどそうじゃねーか」
「リボーンッ、」
「その通りだよ……ラル、無茶はダメだ」
「何を言っている!!」

 ラルの体調不良を知っていたツナは慌てて声をあげるが、その前に雛乃に遮られた。
 一方、ラルはキッと睨みをきかせる。

「顔を見れば、お前の体調ぐらいわかる。お前の体は非7線〈ノン・トゥリニセッテ〉を浴びすぎてボロボロなんだろ?」
「?!」

 リボーンの言葉に、ツナ達の間に動揺が走る。
 だが聞きなれない語句の説明がされることはなく、悲しそうな顔をした雛乃が一歩出た。

「ラル、気持ちはわかるけどダメだ。そんな体で出たとしても、」
「黙れ!何がわかる、お前に!」
「ラル!」
「奴らを倒さなければ、この世界は正常に戻らない!!」

 諌めるように名を呼ぶ雛乃、鋭い目で睨み声をあげるラル・ミルチ。

「だからって、」
「コロネロもバイパーもスカルも……奴らに殺されたんだ!!お前の兄もそうだろう!」
「!」

 兄。
 雛香は思わず目を見開く。
 それを視界に入れ、雛乃は大きく顔を歪めた。

「ラル、」
「ぐっ」

 さらに言葉を重ねようとした雛乃の前、突如ラルの体がぐらつき、そのまま床に倒れ込んだ。

「ラル・ミルチ!」「大丈夫ですか!」
「馬鹿ラル、だからっ……」
「さわるな!!」

 心配の色を浮かべ集まる面々、そして青ざめ駆け寄った雛乃に、しかしラルは拒絶するように声を張り上げギッと睨んだ。

 雛香はぐっと唇を噛んだ。この状況は、誰が何と言おうと悪いものでしかない。
 平和主義なツナなら、間違いなく。


「やりましょう」


 だがそこに響いたのは、予想を裏切るような決然とした声だった。





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