彼が下す決断は
ぴん、と張り詰めた空気の会議室で、時計の秒針だけが微かな音を立てる。
青い顔をして黙り込むツナ、そして他の面々の暗い面持ちに、机上の空気はかなり深刻なものに陥っていたが――。
ウィイン、という機械音とともに、
「クロームは無事だ、ツナ!」
「雛香くん!」
自動扉が開くのも待たずに飛び込んできた、1人の少年により場の陰りは一気に払拭された。
***
「何やってたんだ……って疲れてねぇか、てめぇ」
「ん、まあ……後押し?」
「は?意味不明」
草壁がクロームの状況を説明しているのをよそに、雛香は深く息を吐いて自分の分の椅子を引いた。
その横、声をかけた獄寺はひょいとおもむろに指を伸ばす。
「?!」
「何だよ、動くなっての」
反射的に身構えた雛香の前髪をさらりと撫で、獄寺はあっさり身を引いていった。
「……何のつもりだよ」
「疲れてんな、っつうのを再確認」
「……何のために……てか、前髪分けた意味は?」
「オレが触りたかっただけだ」
「さ、」
思わず絶句する。
とりあえず横を見ないようにして椅子に座った。
下手に口を開けば、なんというかぼろが出そうな気がした。こう、動揺を隠すためなのがばればれの、しどろもどろな態度とか。
軽い罰ゲームみたいな内心の雛香にとっては非常に嬉しくない。嫌かと聞かれたら困るのだが、かといって顔が赤くなるのは不本意だ。不意打ちなのがタチが悪い、本当に。
そのやりとりを見ていた雲雀は、眉をぴくりと動かした。が、そのまま壁に背を預ける。
ちなみにその横、同じく壁際に立つ雛乃はとてつもなく良い笑顔を浮かべていた。心臓が弱い人の閲覧は禁止するレベルの笑みである。
「……だがどっちみち、5日後にクロームは戦えそうにないな」
状況を聞いたリボーンが口を開く。
「……痛いな」と了平は小さく呟いた。
「心配するな」
再び暗くなる場に、凛とした声が響く。
「クロームの不足分はオレが補う」
「そんなこと任せられるわけねーだろ」
真剣な顔で宣言したラルを、しかし一蹴するのはリボーンの声。
「お前、今座ってんのもしんどそうじゃねーか」
「リボーンッ、」
「その通りだよ……ラル、無茶はダメだ」
「何を言っている!!」
ラルの体調不良を知っていたツナは慌てて声をあげるが、その前に雛乃に遮られた。
一方、ラルはキッと睨みをきかせる。
「顔を見れば、お前の体調ぐらいわかる。お前の体は非7線〈ノン・トゥリニセッテ〉を浴びすぎてボロボロなんだろ?」
「?!」
リボーンの言葉に、ツナ達の間に動揺が走る。
だが聞きなれない語句の説明がされることはなく、悲しそうな顔をした雛乃が一歩出た。
「ラル、気持ちはわかるけどダメだ。そんな体で出たとしても、」
「黙れ!何がわかる、お前に!」
「ラル!」
「奴らを倒さなければ、この世界は正常に戻らない!!」
諌めるように名を呼ぶ雛乃、鋭い目で睨み声をあげるラル・ミルチ。
「だからって、」
「コロネロもバイパーもスカルも……奴らに殺されたんだ!!お前の兄もそうだろう!」
「!」
兄。
雛香は思わず目を見開く。
それを視界に入れ、雛乃は大きく顔を歪めた。
「ラル、」
「ぐっ」
さらに言葉を重ねようとした雛乃の前、突如ラルの体がぐらつき、そのまま床に倒れ込んだ。
「ラル・ミルチ!」「大丈夫ですか!」
「馬鹿ラル、だからっ……」
「さわるな!!」
心配の色を浮かべ集まる面々、そして青ざめ駆け寄った雛乃に、しかしラルは拒絶するように声を張り上げギッと睨んだ。
雛香はぐっと唇を噛んだ。この状況は、誰が何と言おうと悪いものでしかない。
平和主義なツナなら、間違いなく。
「やりましょう」
だがそこに響いたのは、予想を裏切るような決然とした声だった。