大空の助け
けたたましい音とともに引き開けられたドアの向こうで、ビアンキがパッと振り返った。
その表情は焦燥に歪んでいる。
「ビアンキ!」「クロームは?!」
「ダメだわ!手の施しようがないの!」
「なっ……なんで?!」
「失われてるのよ!!」
悲痛な声が、医療室に響く。
「内臓が!!」
見る見るうちに陥没するクロームの腹に、ツナは目を見開き息を呑む。
それは雛香も同じだった。
血を吐きだし、ヒュウ、と喉を鳴らすクロームの姿に、信じられないと唾を飲み込む。
クロームの内臓が失われつつあるということ、
それはつまり……。
(骸に……何かがあった?!)
嫌な予感に身を震わせた雛香の横、すばやく通り過ぎるひとつの影。
「死んでもらっては困る」
抑揚のない声でそう言うと、雲雀は微かな呼吸を繰り返すクロームの首に手を回し、抱き起こした。
「……クローム!」
一瞬、立ち竦んでいた雛香も、雲雀の一連の行動を見、その傍らに駆け寄った。
「……雛香、君は」
「クローム、俺がわかるか」
「……雛香、……」
僅かに眉根を寄せ雲雀は雛香を牽制しかけたが、必死に呼びかける横顔を見て口をつぐんだ。瀕死の少女の手を取る彼には、何やら考えがあるらしい。
おそらく、自分と同じ考えだろうが。
「そう、俺だ。クローム、リング嵌めてるだろ。強く念じるんだ」
「……ね、ん、……」
「そうだ……ボンゴレリングの力を使えば、自分で自分の内臓くらい補える、きっとそうだ」
その後ろ、立ち尽くし見守るしかないツナに、草壁がそっと囁いた。
「……沢田さん、外で待ちましょう」
「……こ、う……?ヒュッ、」
「そう、大丈夫……俺も手伝うから」
背後、そっと出て行ったツナ達にも気付かず、雛香は懸命にクロームに呼びかける。
少女の指先に微かに宿り始める、藍の炎。
「……?」
黙って見ていた雲雀は、雛香の最後の言葉の真意が掴めず、眉をひそめた。
途端、
「!」
「そう、大丈夫だ……もう、安心していい」
一気にリングから溢れ出る夥しい炎、そしてクロームを包み込む藍色の霧。
だが、それは。
(彼女自身の力だけ、じゃない……)
きゅ、とクロームの右手を握る雛香の横顔を見つめ、雲雀は確信した。
今、これほどの霧を生み出したのは、
(宮野雛香……君の力か)
「……雛香……」
「もう大丈夫、俺の後押しが無くても、クロームの力で何とかなるよ」
「あり……がと、う……」
「ああ。寝たほうがいい。血は……えっと、俺じゃ不味いよな、ビアンキが綺麗にしてくれるから」
「う……、ん……」
ゆっくりと瞼を下ろし、クロームはすぅ、と穏やかな寝息を立て始めた。
その様子を眺め、雲雀は僅かに息を吐く。
「ふー……」
「……君」
「疲れた……やっぱ他属性って体力使うな」
「……他属性も何も、そもそも人のボンゴレリングを介して自分の炎を宿らせるなんて、聞いたことないけど」
「えっ?!まじか?!」
「そうだよ」
今さらのように驚いた顔をする彼を見、雲雀はもう1度息を吐いた。今度は呆れのため息だ。
「……大体、君は霧属性を使いこなしすぎ。他属性の力を最大限引き出すことは、大空には不可能なはずだ」
「……それ、褒め言葉として捉えればいいのか?」
「何言ってんの?」
寝ぼけてるの?と半眼で見やれば、なぜか雛香は晴れやかに笑った。
その顔にすら一瞬鼓動が大きく跳ねてしまった、この己の情緒をどうにかしたい。
10年後の彼もそうだったな、と雲雀は静かに思い返す。
なぜか彼は、霧属性だとよく力を発揮させていた。
双子の弟が霧属性だということが関係しているのかわからないが、雲雀にとっては気に入らない点だった。よりによって、霧だなんて。
「雲雀?どうしたんだ?」
「……何でもない」
なんとなく腹が立って、彼の頭を軽くはたく。
「はっ?!何するんだよ!」
「出るよ。あとは彼女に任せる」
「え……あ、ビアンキか。そういえばどこ行ったんだ?」
「外に出てったよ。君がクローム髑髏に必死になってる間に」
「……マジか」
最後の言葉は若干の嫌味を込めていたのだが、鈍い彼がそれに気が付く様子は無かった。